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「アドボカシー×フィランソロピー」と題した本連載では、ここまで第一回で「アドボカシーとは何か」、そして第二回で「なぜフィランソロピストがアドボカシーに取り組むべきなのか」を考えてきた。
#1アドボカシーとは何か:
#2なぜフィランソロピストがアドボカシーに取り組むべきなのか:
今日は、これらの議論を踏まえた上で、いざフィランソロピストがアドボカシーに参入する際に、実際にどう動けばよいのかを深掘りしていく。
筆者はここ1年ほどの間に、アドボカシーに挑む国内外の先進的なフィランソロピストや団体と対話する機会に多く恵まれた。今回の記事の中ではそのエッセンスもお伝えできればと思う。
アドボカシーに取り組むフィランソロピストの最初の分かれ道として、「誰を支援するのか」がある。ここでは、主要な3つのアプローチを紹介する。なお、それぞれのアプローチは択一的ではなく、むしろ複数を組み合わせるほど効果的である。
①課題側への支援
一つ目のアプローチは、アドボカシーに取り組む個人や団体、NPOなどの「課題側」を支援するというものである。
このアプローチで最もわかりやすいのは、特定の社会課題に取り組むNPO向けにアドボカシーに活用できる助成金を支給する方法だろう。日本国内であれば、ソーシャルジャスティス基金やPolicy Fund(ポリシーファンド)が、国内のNPO等に対して、啓発活動や政策提言に用いることができる助成金を提供している。なお、海外では事例を挙げる必要もないほど一般的になっている手法である。助成を受けた団体は、啓発セミナーを開いたり、政治家との勉強会を行ったり、アドボカシー要員の人件費を捻出したりといった使途にその資金を活用することができる。その他にも、NPO等がアドボカシーに際して課題の実態把握のための調査を行う場合に、その調査資金をフィランソロピストが肩代わりするといった事例もアメリカでは一般的である。
また、日本のPolicy Fund(ポリシーファンド)の場合であれば、助成先への資金的な支援に留まらず、政策提言に強い認定NPO法人フローレンスと協力して政策提言のためのトレーニングを助成先に提供するなどの非金銭的な支援も行うことで、アドボカシーの成功率を挙げている。
さらに、ユニークな支援形態としては、米ボルティモアに拠点を置く財団であるアニーEケイシー財団による投資と奨学金を組み合わせたハイブリッド支援が存在する。これは、政策提言の志を持つ社会起業家に対してインパクト投資のかたちで資金提供を行うと同時に、その企業の幹部が政策等について学ぶために大学院等に進む場合に授業料などの奨学金を提供するというものである。同財団CEOのリサ・ハミルトンに話を聞いた際、この施策は「個人のキャパシティビルディング(能力強化)に焦点を当てることでアドボカシーの成功率を上げられるという意味で極めて有効だ」と語っていた。
これらの「課題側への支援」は、既に支援したい団体が決まっている場合や、NPO側の資金不足が原因でアドボカシーに取り組めていない場合などに有効な支援手法である。前回の記事でも触れた通り、日本では未だにNPOに対するアドボカシー資金の助成は極めて小規模なため、このアプローチも十分に効果が期待できることがわかる。
②仕組み側への支援
次に、課題側ではなく、政府や自治体など政策や予算を司る「仕組み側」を支援するというアプローチも存在する。 このアプローチは、一見アドボカシーをしているようには思えないものの、その目的と結果を見ると、実はしっかりと「仕組み」の変革につながっているという非常に興味深いアプローチである。
たとえば、政策の実証実験に対してフィランソロピストが資金を拠出することで、その後の「仕組み」変革の第一歩を作るという手法がある。設立されてから100年を迎えた老舗財団の米クレスゲ財団は、人類の繁栄をビジョンに掲げ、人々の機会の平等を推し進める財団だ。同財団は、2020年にミネソタ州のセントポール市と協力して低所得家庭向けの所得補償パイロット事業を行った。これは、同市内に暮らす150家族に対して、毎月500ドルを18か月にわたり無条件給付するというものである。このような取り組みを自治体が主導するのは全米で初だったが、その裏にはこの事業に資金提供を行ったクレスゲ財団の大きな貢献がある。
この他にも、先に挙げたアニーEケイシー財団は、子ども支援に携わる政策立案者が正しいデータに基づいて意思決定ができるよう、全米の子どもの統計をまとめたポータルサイトである”Kids Count”を運営している。州や市を選択すると、そこに住む子どもたちが何人いるのか、その内何%が外国生まれか、貧困状態か等を詳細に把握することができる。さらに政治家が関心を持てるよう、ご丁寧に「選挙区別」の統計まで発表している。このようなデータベースの作成も、仕組み側の支援の一つの有効な手法である。
さて、このような「政策への資金提供」や「データベースの作成」は単なる寄付や事業であり、アドボカシーの定義である「仕組みの変化に向けた活動」とは異なるのではないか?と思う方もいるかもしれない。しかし、ここで注目すべきなのは、これらの取り組みが制度改革のための重要な素地になるという点である。クレスゲ財団のセントポール市でのパイロット事業は、成果が見られた場合、その後セントポール市が毎年予算をつけてこの政策を続けていくことになる。今まで予算がついていなかった課題に公的な予算が与えられるというのは立派なアドボカシーの成功であり、その意味でパイロット事業への資金拠出と言うのはアドボカシーの重要な一歩なのである。同様に、これまで存在しなかったデータベースを世の中に公開することで、アニーEケイシー財団は子どもたちが直面する課題を政策立案者に伝えている。
③課題と仕組みの橋渡し
フィランソロピストがアドボカシーを支援するための3つ目のアプローチが、課題側と仕組み側を繋ぐ橋渡しとしての役割である。
#2 「なぜフィランソロピストがアドボカシーに取り組むべきなのか」では、フィランソロピストは課題と仕組みを繋ぐ最も中心的な役割を担える存在であると紹介したが、その役割を生かしたのがこのアプローチである。
これを日本で実践している一つの事例が、冒頭で紹介したPolicy Fundである。Policy Fundでは、母体となる株式会社PoliPoliが持つ政治家や地方自治体とのコネクションを生かして、助成先のNPOと政治家をつなげたり、NPOが実証実験を行うための自治体を紹介したりといった支援を行っている(自治体パートナー制度)。助成先のNPOにとっては、自分たちが考えるソリューションがうまくいくのかを試す場所が提供されると同時に、その実験の資金も助成金から賄える仕組みになっており、アドボカシーを後押しする強力なシステムになっていることがわかる。
出典:株式会社PoliPoliプレスリリースより
私が暮らす米マサチューセッツ州にも良い事例がある。エセックス郡コミュニティ財団は、大都市ボストンの北に位置するエセックス郡(人口約80万人)で活動する財団である。この財団は、2017年から芸術を支援するためのプロジェクト、クリエイティブ・カウンティ―・イニシアティブを開始した。
街の中や市民の生活にアートが不足しているという課題感から生まれたこの取り組みは、単に芸術家の支援を行うだけにとどまらなかった。個別の支援を行うだけでは芸術が盛んな街にはならないと考えた同財団は、セクターを超えてエセックス郡におけるアートの重要性や取り組みを共有する「場」が必要だと考えた。
そこで、自治体・ビジネス・NPO・芸術家・市民が一堂に会する芸術・文化サミットというイベントを開催し、郡内の政治家たちが作品鑑賞を通じてアート振興の重要性を実感し、同時に市民やNPOの声も聴くことができる機会を提供した(イベント費用は基本的に財団が負担)。
(出典:Essex County Community Foundationウェブサイト)
このような「③課題側と仕組み側の橋渡し」の活動とともに、同財団は、自治体に対してアート振興のためのアドボカシーを行うNPOにも助成金を支出している(①課題側への支援)。これらの結果、エセックス郡の経済開発チームは新たにアート専門の調整係のポジションを設置する等、アート振興の土台となる仕組みの変革が行われた。(参考:ハーバード大学による事例研究)
このように、課題と仕組みを繋ぐ役割はフィランソロピストが果たすことができるユニークな役割であり、アドボカシーを成功させるための重要なアプローチである。
ここまで、フィランソロピストがアドボカシーに取り組む際に取り得る3つのアプローチを紹介した。実際にはこれ以外にも、財団自身が特定の社会課題について直接政治家にロビイングを行うといった手法も存在するが、アドボカシーに取り組む最初の一歩としては難易度が高い。まずは既に「やりたいこと」のイメージをある程度持っているNPOや自治体などと協力して進めていく上記のアプローチを取ることが、手堅いと言えるだろう。
さて、課題側を支援するにせよ仕組み側を支援するにせよ、アドボカシーに取り組むフィランソロピストに必要になるのは、「どうアドボカシーを進めていくのか」という戦略構築力である。戦略がないままに啓発セミナーを開いてみたり、政治家と勉強会を行ってみたりしても、その時々では効果が見られるかもしれないが、長期的なゴールを描くことは難しい。
そこで、アドボカシーに新たに取り組むフィランソロピストが、一体何から始めてどの順番で活動を進めていくべきなのか、ここではその王道のステップを紹介する。実際には、取り組む課題や既に活動している団体の有無などによってどのステップから始めるべきかは前後するが、アドボカシーの成功率を高めるための一つのロードマップという位置づけでご覧いただきたい。
ステップ①:先達を探す
前半で紹介したアニーEケイシー財団のハミルトンCEOは、「これからアドボカシーへの支援を始めたいフィランソロピストに何をアドバイスするか?」と聞かれ、こう答えた。
「アドボカシーというのは広い領域です。あなたが取り組む課題を仕組みの面から解決しようとしている人があなたの他に誰もいないという状況はほぼありません。そこには既にその課題に取り組もうとしているNPOや財団が誰かしらいるはずです。まずはその人々を見つけ、巻き込み、チームを組むことが第一歩です。」
日本の場合、アドボカシーに取り組んでいる財団や富裕層はまだ少ないが、社会課題に取り組むNPOは豊富に存在する。解決したい社会課題があるフィランソロピストにとっての重要な第一歩は、それらの先達たちを探し、連絡を取ってみることだろう。NPOに限らずとも、その分野を研究する学者や記者、支援対象者の自助団体など、自分よりも知識や経験が豊富な人々が複数見つかるはずだ。また、既に関係のある財団や富裕層の仲間の中で、同じ課題に関心を持つ者がいないか探るのも有効である。
ステップ②:問題を定義する
こうして同じ課題感を持った仲間を見つけることができたら(仮に見つけることができなかったとしても)、次に重要なのはその仲間たちの間で問題を定義することである。
同じ課題感を持っている仲間なのだから、問題の定義などわざわざする必要はないのではと思うかもしれない。しかし、問題を明確に定義する(=言語化する)という過程の中で、理解のずれが揃ったり、誤解が解けたりするものなのである。逆に言えば、問題の定義を明確にしないままにHow(解決策)の議論に進んでしまうのはその後のリスクが大きい。
具体例で考えてみる。仮にあなたが薬物依存問題に関心を持つフィランソロピストだったとしよう。テレビで流れる様々な薬物依存者の様子を見て、「人々が簡単に薬物を手に入れることができる現状は良くない。薬物の取り扱いに対する厳罰化が必要だ」と感じたとする。この時、あなたは問題を「薬物の取り扱いに関する刑罰が足りないこと」だと定義している。
しかしその後、同じく薬物依存の問題に取り組む専門家やNPOの話を聞いてみると、どうも問題がそう単純ではないことがわかってくる。取り締まりを強化しても薬物の水面下の取引が増えるだけであること(アンダーグラウンド化)、既に依存している人にとっては薬物が手に入らない苦痛は計り知れないこと、薬物使用そのものを制限するのではなく使用による害を最小化する手法(ハームリダクション)が海外では主流であることなどを知る。これらの学びを通じて、本当の問題は「一度薬物を使ってしまったら終わりだという世の中の先入観が強すぎて、依存者が社会的に孤立し偏見に苦しんでいること」だと定義し直すことになるかもしれない。
これが、仲間との「問題の定義」に時間をかけることの意味である。ざっくりと同じ課題”感”を持つ仲間でも、実際に何を問題だと思っているかを深ぼってみると、チームの中でも隔たりがあるかもしれない。上記の例はあなたが考え方を変えた例だが、逆に自分が話をすることで仲間の問題定義が変わることもあるだろう。自分の思っていることを言葉にし、それを仲間の言葉と比較することで、双方が合意できる「問題の定義」を明確にする。それがこのステップにおけるゴールである。
ステップ③:問題を見える化する
問題の見える化、このステップの重要性は強調しても強調しすぎることはないだろう。これまで成功してきた社会運動を振り返っても、著名なフィランソロピストたちの活動を見ていても、仕組みの変革におけるこの「見える化」の威力が大きいことは明らかである。
前回の記事で紹介したベトナムのヘルメット着用の事例を覚えているだろうか。フィランソロピストのチャック・フィーニーは「ヘルメットの非着用が交通事故死に繋がっている」と問題を定義した上で、これまで見えていなかったヘルメット非着用と交通事故死者数との関連を明らかにするために調査費を全額負担したのだった。同様に前回、ロバートウッドジョンソン財団による喫煙者の減少に向けた取り組みを紹介したが、同財団も長年にわたってアメリカがん協会に資金を拠出しながら「タバコが有害である」ということを科学的に証明することに尽力した。
日本国内の例では、村上財団は女性政治家が増えると国会に提出される政策にどのようなポジティブな影響があるかについて、PwCコンサルティングとともに調査・発表している。この報告書では、諸外国の国会議員に占める女性の割合の推移などの定量的分析と、女性議員が中心となって成立した日本の法律を特定する定性的分析を組み合わせることで、女性議員の増加が必須課題であることを示している。
このような調査や研究による問題の「見える化」が重要なのは、その結果が今後市民や政治家などに対するコミュニケーションにおけるパンチライン(強烈なメッセージ)になるからである。人々は衝撃的な統計を見ればSNS上でシェアをし、政治家はデータに基づいた政策提案を好む。たとえば、アメリカの女性政策研究所(Institute for Women’s Policy Research)が調査の結果導き出した「アメリカの全大学生の22%は子を持つ親である」(大学院除く、コミニュティカレッジ含む)という衝撃的な統計は非常に多くの政策提言で引用され、子を持つ学生への支援に繋がっている。綿密な調査に基づいたデータはアドボカシーにおける共通言語なのである。また、この調査の過程で前ステップの「問題の定義」がさらにアップデートされることもあるだろう。
こういった調査は、シンクタンクやリサーチ会社、コンサルティング会社を活用する必要があるため当然多くの資金を要するが、だからこそ、大胆な資金の出し手であるフィランソロピストがこの分野に取り組む意義は大きい。アニーEケイシー財団のハミルトンCEOは「確かにデータベースの作成にはかなりお金がかかった。しかし、自分たちがやらなければ誰がその大金を出すのか。お金がかかる領域だからこそ、柔軟で大胆な資金提供が可能な財団が取り組む意味がある」とデータ集めの重要性を語っていた。
なお、フィランソロピストとしてこの「見える化」に資金を投じる場合、その資金投下先はいくつか考えられる。NPOが自ら受益者に調査を行うような場合はその人件費を負担するのが良いだろう。あるいはそのキャパシティや余裕がない場合は外部のシンクタンクやリサーチ会社に調査を依頼し、その金額を負担するのも手である。他には、既にその分野で研究を進めている研究機関や研究者がいる場合は、そこに資金をつけて後押しするという手法もある。この選択は、「定義した問題」に対して現状どの程度のデータが集まっているかに基づいて行えばよい。
ステップ④:解決への道筋を描く
問題が明確に定義され、かつそれを裏付ける定量的・定性的データが揃ったら、今度はそれを活用してアドボカシーのゴールへの道筋を描いていく。
このステップでは、主に下記の3点を含んだプランニングが必要になる。
1. Where: どのレベルで「仕組み」の変革を目指すのか?(地方自治体レベル、都道府県レベル、国レベル、など)
2. What: その変革のゴールは何か?(法律/条例の制定、予算の配分変化、首長からのメッセージ発信、など)
3. How: 変革のための具体的手段は何か?(調査結果の対外発表、マスメディアを通じた啓発、政治家へのロビイング、自治体と協働して実証実験、訴訟、など)
2. や 3. はこれまでのステップの中である程度明らかになっていることが多いが、1. はどのように検討すればよいのかやや戸惑うかもしれない。この点は、どのレベルで意思決定が行われているのか、を考えると答えが出やすい。たとえば、教育に関するアドボカシーの場合、学習指導要領の変更をゴールに置いているのであれば国レベルでの仕組みの変革が目標になるであろう。一方で教員の働き方の改善をゴールに置くのであれば、地方自治体レベルでの裁量も大きいため、そこからスタートするのも合理的だろう。日本はアメリカに比べると意思決定が概して中央集権的であり、アメリカのように市の単位で小さく成功を収めてから他地域に横展開するというアプローチが難しい課題も残念ながら存在する。しかしだからこそ、1)Whereの見極めはより重要である。
ステップ⑤:小さく始める
ここからは、これで合意してきたこと、発見してきたことを対外的に発信し、多くの人を巻き込んでいくステージに入る。
しかし、いきなり法改正や国レベルで予算を獲得するなどということはなかなか難しい。まずは小さく、成功を積み重ねていくことが重要である。小さく始めるための手法は前のステップの3. Howで何を選んだかによって異なるが、ここではいくつかその事例を紹介する。
まず、アニーEケイシー財団がよくアドボカシーの第一歩として用いるのが、公開カンファレンス(イベント)である。解決したい社会課題についての理解を深めるためのカンファレンスを開催し、専門家、当事者、NPOなどに登壇してもらう。ここに必ず「仕組み側」の人々も招待するのがアニーEケイシー財団流である。政治家や州政府職員などを招くことで、その問題に関する理解を深めてもらうと同時に、「これだけ多くの人が集まるなら、真剣に取り組んだ方がよさそうだ」という気になってもらうことが意図されている。カンファレンスでは、ステップ③で発見したインパクトのある数値やストーリーを紹介し、参加した人が他の人に内容を伝えやすいように工夫する。そして、興味を持ってくれた政治家とは、その後も勉強会などを通じて関係を維持していくという。
次に、クレスゲ財団やPolicy Fundが重要視するのが、自治体と協働した実証実験である。クレスゲ財団は、前半で紹介したようにセントポール市で所得補償のパイロット事業を行うことで、小さな成功を実現した。一方Policy Fundの場合、助成先のNPO等が実証実験を行うためのフィールドを提供してくれる自治体と事前にパートナーシップを結び、適宜NPOに実証実験のフィールドとして自治体を紹介することで、小さな成功の素地を整えている。
しかし、Policy Fundのように自治体とのコネクションがない場合はどうすればよいのだろうか。この質問に対して、クレスゲ財団のマネジングディレクターであるラクエル・ハッター氏はこう答える。「実は私たちがセントポール市での実証実験を行った際も、最初は市とのコネクションは一切ありませんでした。しかし、セントポール市のカーター市長が所得補償のアイデアについて話しているのメディアで見かけたのです。まさにクレスゲ財団のミッションに符合すると思った私は、何か協力ができないかと市長にメールを送りました。パイロット事業はこのメールから始まりました。」このように、首長や政治家たちが何に関心を持っているのか、どんな発言をしたのかを追っていくことで、ゼロからでも関係が開ける場合がある。
ステップ⑥:スケールする
小さく始めた取り組みが上手くいったならば、そこからはスケールしていくことがゴールとなる。そのためには、小さな成功を上手く発信し、他の人が「この取り組みは面白い」「うちでもやってみたい」と思うことが非常に重要だ。ある意味で、他人に真似された分だけ成功といえる。
クレスゲ財団の場合、セントポール市での取り組みの成果は特設ページに掲載し、動画も作成して受益者たちの声を発信している。こうすることで、セントポール市としてもこの取り組みに誇りを持ち、事業を継続していくモチベーションになると同時に、その動画を見た他の自治体への波及効果も見込める。
日本でアドボカシーに取り組む団体も、自らの取り組みを継続的に発信し続けることで社会的インパクトを広げている。村上財団と共同して自治体連携を進めている認定NPO法人D×P代表の今井氏は、常にその活動をX等のSNSで発信している。それだけでも「町長、市長さんクラスからメッセージがき」ているという(村上財団と認定NPO法人D×Pの対談記事より)
また、スケールするための発信においては、いろいろな「フレーム」で取り組みを伝えることが功を奏することもある。というのも、人によって考えや感受性は微妙に異なるため、ほんの少しの言い方の違いでも、受け手が共感できるか否かを左右する場合があるのである。
このことをよく言い表した荻上チキ氏の言葉を引用する。
社会にはいろんな人がいる。
「こんな実績があるよ」という知識が届きやすい人。
「他の人もやっているよ」という同調が届きやすい人。
「こんな困りごとがあるよ」という共感が届きやすい人。
「より面白く、新しいよ」という好奇心が届きやすい人。
「手伝ってほしいんだ」という救助要請が届きやすい人。
「わかりやすくて手軽に学べるよ」という利便性が届きやすい人。
「あなたにもメリットがありますよ」という損得感が届きやすい人。
(出典:荻上チキ著「社会問題のつくり方 困った世界を直すには?」)
色々な「フレーム」を試す中で、多くの人に響いたものがあれば、それを軸に発信を続け、芋づる式に成果を広げていくことができる。こうして、一つの「仕組み」の改革が、境界を超えて広がっていくのである。これが、アドボカシーの一つの成功パターンである。
今回は、「フィランソロピストがアドボカシーに取り組む方法とは?」と題し、支援の手法とステップについて詳細に紹介した。実世界のアドボカシーはここに書いたよりもはるかに複雑で困難であることは承知している。しかし、これまでなかなか具体的な手法が共有されてこなかったこの領域で、フィランソロピストたち(そしてアドボカシーに取り組み人々)のモヤモヤを少しでも晴らすことができたのであれば、この記事には意義があるのかもしれない。
さて、次回(最終回)はアドボカシーを始めた際にその成果をどのように評価していくべきかについて考えていきたい。
(PA Inc. リサーチパートナー 岡部晴人)
所属:米国ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院 公共政策学(国際関係・NPO経営)専攻
【連載】フィランソロピー×アドボカシー #1 アドボカシーとは何か?
【連載】フィランソロピー×アドボカシー #2 なぜフィランソロピストがアドボカシーに取り組むべきなのか?
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