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井上高志さん
株式会社LIFULL代表取締役社長
一般財団法人Next Wisdom Foundation 代表理事、公益財団法人Well-being for Planet Earth評議員、一般財団法人PEACE DAY 代表理事、一般社団法人ナスコンバレー協議会 代表理事、一般社団法人Living Anywhere 理事、一般社団法21世紀学び研究所 理事、一般社団法人新経済連盟 理事
上場企業の代表でありながら、フィランソロピストとして多様な活動を行う井上さん。ご自身の人生の目標とするWell-being(人類の幸福)と、World Peace(世界平和)の実現に向けて、様々な組織やネットワーク、プラットフォームを立ち上げ、絶えず行動を続けている。
井上さんの座右の銘は“利他主義”。97年に設立した株式会社ネクスト(現:株式会社LIFULL)の社是でもある。
「26歳の時に、京セラの創業者である稲盛和夫さんの本を読み、強い感銘を受けました。その時出会った言葉が“利他主義”です。LIFULLはもちろん、自分が関わる組織の経営や雇用、事業のすべての中心に、利他主義があります。」
株式会社LIFULLだけでなく、さまざまな活動に取り組む井上さん。その理由はご自身の人生の目的の実現にある。
「人生で実現したいことは、Well-being(人類の幸福)と、World Peace(世界平和)です。そのためには、「心×社会システム×テクノロジー」の3つを掛け合わせて、生み出す価値を最大化することが必要だと思っています。」
フィランソロピストとしての、実際の活動をみてみたい。
2018年には一般社団法人LIFULL財団を設立、同財団は翌年に名称を“Well-being for Planet Earth財団”へと変更した。活動の目的は、ウェルビーイングを学術的な観点から発展させることを通じて、より良い社会の実現を目指すことにある。その実現に向けて、同財団では発足当初から国内外のウェルビーイングに関する研究に対する積極的な助成を行っている。
また同財団では、米国ワシントンD.C.に本社を置く、調査会社大手のギャラップ社と共に、グローバルウェルビーイングイニシアチブ(Global Well-being Initiative)を立ち上げた。2020年に発足した同イニシアティブでは、これまでの西洋中心であったウェルビーイングの概念に文化的な多様性を加え、より包括的でグローバルな知へと昇華させることを目指しているという。
さらにはこうしたムーブメントを日本でも広げようと、2021年3月に、日本経済新聞社と共に、日本版ウェルビーイング・イニシアティブを発足させた。同イニシアティブでは、ウェルビーイングをポストコロナ、ポストSDGsの時代のグローバルアジェンダと位置づけ、より良い未来を創造することを目指している。
2019年6月に設立したPEACE DAY財団では、代表理事として自らイニシアティブを取る。
同財団が目指すのは、争いのない平和な世界の実現だ。毎年9月21日を『国際平和デイ(PEACE DAY)』とし、100万人の市民・企業・団体がつながるムーブメントを起こすべく、2018年に野外フェスを始めた。2021年は9月15日から21日までの1週間をPEACE DAY Weekとし、トークライブや映画上映、キャンドルナイトなどを行っている。
一般社団法人Living Anywhereでは理事を務めている。“LivingAnywhere”とは、テクノロジーを活用して、人を場所の制約から解き放ち、好きな場所で暮らし、学び、働き続ける社会をつくろうという取り組みだ。水や電気、ガスといったライフライン領域のオフグリッド化*や、循環をベースとしたテクノロジーを徹底的に活用する。そうすることで、生活に必要な費用をゼロにする、「限界費用ゼロ社会」をつくることが、一つの目標だという。その先に見据えているのは、資源争奪による紛争の減少や、世界の人口の7割を占めると言われているBOP層**の縮小、インフラ維持に悩む過疎地の負担軽減といった社会課題の解決、そして人が好きな場所で暮らすことで得られる圧倒的なウェルビーイングの実現だという。
*オフグリッド:水、電気、ガスなど、一般的には公共サービスとして提供されている生活に必要なライフラインを、独自の方法で確保し、自給自足する状態を指す。
** Bottom of the Pyramid:最貧国で暮らすなど、最下層の低所得者層を指す。国際金融公社(IFC)の定義では、購買力平価で年間所得3,000米ドル未満の層とされている。
井上さんの活動の特徴は、目指す目標の実現のために、複数の組織を立ち上げ、多くの専門家や実践者と連携しながら活動を広げている点にある。
「1つの企業ができることは限られています。Well-being(人類の幸福)と、World Peace(世界平和)の実現のためには、叡智を学び、様々な人と協力しながら、チャレンジし続けるしかありません。財団をはじめとするフィランソロピー活動では、ソーシャルベンチャーやNPO、研究者、異分野の起業家など、国内・海外を問わず、会社経営とは全く異なる属性の方と出会うことができます。知見を広げ、個人としても成長し、社会をより良い方向へと変えるために、フィランソロピーは自分にとって必然的な活動なのです。」
ではどうやって、目指す理想を具体化しているのだろうか。
「ビジョンを明確にすることで、必要な人は集まってくるものだと思います。何より『旗を立てる』ことが大切です。そして、ヒエラルキーを作らず、誰もがチャレンジできる環境を整えることで、コミュニティはより活発になり、つながりが深まっていきます。そうすることで、自然と良いアイデアやアクションが生まれ、社会がより良い方向に変化していくのではないでしょうか。」
LIFULLの変化も止まらない。
2020年に公表した新中期経営計画では、LIFULLグループが「利他主義」を根幹として、「公益志本主義」に基づいた事業運営を行うことが改めて掲げられた。
LIFULLが掲げる「公益志本主義」とは、短期的な企業価値の向上を重視せず、中長期的な社会の付加価値の向上を目指すこと、そして自社だけでなく、コンシューマー、クライアント、従業員、パートナー、株主、社会、地球環境というすべてのステークホルダーが幸せになる「八方よし」を実現することを指す。
「社会課題解決型企業であるために、評価の仕組みも徹底しています。利他主義に基づき、貢献目標を立て、我々のビジョンや行動規範のガイドラインをどれだけ体現できたかを基準に人事評価を行います。管理職に就く際には、この項目を達成していなければ昇進できない。これは、会社のマネジメントにも利他主義や公益志本主義といった思想をビルトインすることを意味します。あらゆる手段を使って、社員に対しメッセージを伝える努力をしているのです。」
LIFULLは新中計の発表に加えて2021年5月、LIFULL アジェンダを発表している。LIFULLグループは事業活動を通じて、個人が抱える課題やその先にある世の中の課題、様々な社会課題解決に取り組んでいる。LIFULLグループとして実現したい未来像を描き、取り組むべき課題解決にむけて、アジェンダとして掲げている。
「社内でも、社員が社会課題を解決する新規事業提案制度「SWITCH」という仕組みがあります。年間の提案件数は概ね120-150件。これまで「SWITCH」から生まれたサービスでは花卉業界の流通・販路で廃棄された「フラワーロス」という課題を解決するために、市場から直送する定期便として販売する「LIFULL FLOWER」というサブスクリプションサービスがあります。」
こうした思想の根底には、「共に世界を変革するチェンジ・メーカーを育てたい」という想いがある。
「巨大なピラミッドを作るのではなく、100人の変革のリーダーが、100通りの方法で社会の変革に挑む。そんな連邦型・自律分散型のモデルがこれからの社会には必要だと思うのです。」
その思想はLIFULLという会社の中だけにとどまらない。
例えばPEACE DAY財団が取り組むイベント「PEACE DAY」は当初、1日だけ、1ヶ所だけの開催にとどまっていた。だが2020年からは国内外の様々な場所から、5つのステージチャンネルで約30の音楽やトークライブを配信、総出演者数は85名にのぼった。
さらに2021年は、1日だけのイベントから、1週間にわたる「PEACE DAY WEEK」へと発展を見せた。こうした変化の背景には、PEACE DAY財団が、市民・企業・団体がつながるプラットフォームとなり、世界平和に貢献するムーブメントがあちこちから自然に生まれる社会をつくりたいという意思がある。
「税金を集めて、官僚が決める世界から、自律分散型で、同時多発的に社会課題の解決に取り組む。それを促すための制度設計と、変革の担い手の登場が必要だと思います。だからこそ、財団を作り、より広いプレーヤーや知性の持ち主とのコラボレーションがしやすい環境を整えたのです。」
LIFULLを社会課題解決型企業として成長させるだけでなく、社内から変革のリーダーを育む。
世界中の知恵を集め、ムーブメントを広げるために、財団を立ち上げ、研究者や実践者を支える。
縦横無尽に活動を広げる井上さんだが、取組みの中からフィランソロピーの普及に向けて見えてきた課題が3つあるという。
「1つ目は人財の確保です。財団設立の際は、LIFULLの社員にも事務局を担ってもらいました。LIFULLでは、採用時においても、その後の評価や昇進の判断においても、理念への共感や、利他主義に合致する行動や貢献を重視しています。またビジョナリー・カンパニーであるために、繰り返し社員に対してメッセージを発信しています。それでも財団の設立時には、人財をどう確保するか、悩みました。
公益的な活動には、ビジョンへの共感が必要です。さらにはコミュニケーションする能力や、社会課題に対して敏感に情報をキャッチして、提案する力も要る。でも高額な報酬を提供できるかというと、そういうものでもない。本当に苦労するところです。」
「2つ目は制度上の問題です。日本の場合は、公益法人の認定がとても厳しく、運営にも数多くの足かせがあります。これでは僕たちのような経営者層が社会貢献する意欲や意志が失われていきます。『面倒だから税控除のことは諦めます。税控除されないので、寄付や投資の金額は少なくなります。』というモードで終わってしまってはもったいない。経済的に成功を果たした経営者が社会貢献にもっと乗り出しやすい環境を整えるべきではないでしょうか。」
「最後は教育を通じて母集団を増やすことですね。僕の場合は稲盛さんの言葉に感銘を受けて、“利他主義”を経営の中心に置いてここまでやってきました。経営者・起業家として社会課題解決や利他に取り組むことが当たり前だと見せること、あるべき姿だと伝えることが大切なのではないでしょうか。」
自らの人生の目標の実現のために、企業経営と並行して、フィランソロピーにも積極的に取り組む井上さんの姿は、経営者として成功を終えた後、晩年からフィランソロピーに乗り出すという、従来の多くの日本の企業経営者と異なる。
「成功して、リタイアした後に活動する、あるいは全ての準備が整ってからフィランソロピストとして活動するのではなく、経営者として行動している今だからこそできることがあると思います。
未来に先に『点』を打ち、つくりたい世界に向かって行動する。明確な目標と期日を設けて、逆算しながら一歩ずつ進める。このことは、経営者としての自分をも豊かにすると考えています。フィランソロピーを通じて、全く異なる属性の人とコラボレーションすることは、人生の幅を広げますし、得るものが大きいですね。」と井上さんは語る。
企画・監修:SIIF藤田淑子、小柴優子 / インタビュー・執筆 ㈱風とつばさ 水谷衣里
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