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前編では、経済的成功を果たした企業家ファミリーが、自らの価値観に合う新しい社会の実現や社会課題の解決に向けて、お金はじめとする自身のリソース活用しようとする事例を見てきました。今回はこのような富裕層の期待に応える金融機関の取組みについてご紹介します。
① UBS(ユー・ビー・エス)
スイスチューリッヒに本店を置くUBSグループは、150年の歴史を持ち約50か国に拠点を置く金融機関です。特にプライベートバンキングの預かり資産は2兆4030億USドルと世界最大級です(2020年6月30日現在)。
UBSは、世界の主要な拠点にフィランソロピー・サービス部門を置いています。
英金融誌「ユーロマネー・プライベート・バンキング調査」において、慈善活動のアドバイスを提供する世界で最も優良な銀行に選ばれるほど(2017年~2022年)、このフィランソロピー・サービスの提供に力を入れています。
UBSのPB機能であるウェルスマネジメント部門の顧客になると、担当者が、慈善活動において、より大きなインパクトを生み出すように戦略立案を検討してくれたり、財団設立・運営支援のアドバイスを提供してくれます。また、環境や社会課題に精通した専門家と交流できるイベントや、現場の視察ツアー、志を同じくするフィランソロピスト同志のコミュニティなども用意されます。慈善活動は「フィランソロピー・ジャーニー」 と称される通り、旅のように、学び、社会や課題への理解や想いを深めながら継続的に行われるものです。顧客はそのような旅を、UBSの案内の元、専門家や仲間と共に進んでいくことができます。
また、もっと手軽に慈善活動を行いたい方のためのメニューも用意されています。タイミングに縛られることなく資産運用を行いながら寄付先を探すことができ、国によっては寄付時に一定の節税メリットも得られるドナー・アドバイズド・ファンドや、顧客からの寄付の一定額をマッチングする「UBSオプティマス財団」などです。
さらに、投資においては、サステナブル投資を「環境と社会にポジティブな影響を与えつつ、伝統的な投資と同等の財務的リターンを実現することを目指す投資哲学」と定義し、様々な金融商品やポートフォリオマネジメントを通じた提案を推進しています。
UBSの活動は、富裕層向け金融サービスメニューに、長年に亘りしっかりとフィランソロピーが組み込まれてきた大手金融機関の好例といえるでしょう。
(当該情報は海外のUBSに関するもので、ウェブサイト等の公開情報を基にしています)
② LGT
LGTは、オーストリアとスイスの間に位置するリヒテンシュタイン公国に拠点を置く世界最大のプライベートバンクグループ*の一つです。リヒテンシュタイン公爵家のファミリーオフィスとしての設立背景を持ち、100年以上にわたり世界の富裕層の世代を跨ぐ長期的な資産の運用保全・管理へのアドバイスを提供しています。
オーナーであるリヒテンシュタイン公爵家は900年以上続く伝統とリヒテンシュタイン公国の国家元首および起業家としての経験を持ち、LGTは世界の富裕層に対して「持続安定性」、「社会的責任」、「顧客主義」の3つを柱としたプライベートバンキングサービスを行ってきました。リヒテンシュタイン公爵家は社会的責任という背景から社会環境や地球環境に配慮する必要がありました。その一族としてのDNAはLGTの企業哲学、経営戦略の基となっています。それにより、LGTの提供する運用アドバイスの多くは現代でいうところの「サステナブル投資」の考え方を取り入れたものとなっています。
LGTのユニークな点は、慈善活動の手法である一般的な寄付からインパクト投資、ESG投資に至るまで、グループ内に専門組織を持っている点です。寄付であればLGTベンチャー・フィランソロピー、インパクト投資であればライトロック、ESG投資についてはLGTキャピタル・パートナーズがあります。社会的・環境的に良い事業を支援/投資したいという顧客に、以下の図のすべての領域(経済的リターン重視から社会的リターン重視まで)を網羅的に提供する組織は、大変心強いパートナーとなりえます。
<寄付・投資における目的のスペクトラム>
2021年10月、LGTは日本拠点であるLGTウェルスマネジメント信託を開設。富裕層にオーダーメイドのウェルス・マネジメント・ソリューションの提供を開始しました。これにより、サステナブル投資を求める日本の富裕層の選択肢が広がりました。
*プライベートバンクとは、富裕層の資産運用管理を主たる業務とする金融機関で、大手金融機関が保有するプライベートバンキング部門とは異なります。
①みずほファイナンシャルグループ
みずほファイナンシャルグループはその子会社である、みずほ銀行、みずほ証券に、日本の富裕層顧客を対象とするウェルスアドバイザリー部(みずほ銀行)とプライベートバンキング部(1・2部・大阪/みずほ証券)を持っています。みずほグループでは約1年半前より、富裕層顧客向け部門の約150名の顧客担当者を対象として、フィランソロピーとインパクト投資に関する勉強会を、数カ月に1回のペースで開催。顧客から、社会課題や寄付先に関する相談を受けた際に担当者が対応できることを目指した取り組みを行ってきました。また、顧客向けにも、「新しいフィランソロピーの潮流」や「障害者の活躍」、「ダイバーシティ&インクルージョン」についての啓発イベントを実施。SIIFはこれらを支援しました。
当初、同社内では、フィランソロピーやインパクト投資に関心をもつ顧客の割合は、10%程度と思われていました。しかし、改めて社内の情報を収集した結果、約30%の顧客がフィランソロピーやインパクト投資に関心を寄せていることが判明。顧客のフィランソロピー活動に対する関心は高く、信頼を寄せ、資産の活用について日常的にアドバイスを求めるプライベートバンキングの担当者には、自身の資産を活用したフィランソロピー活動は、相談しやすい話題であることがわかってきました。
フィランソロピー活動には、顧客の価値観や人生観が強く反映します。通常の経済的リターンを追求する金融商品の話から一歩離れ、顧客の関心のある社会課題や慈善活動について対話をすることで、顧客への理解が深まり、心の距離が縮まり、顧客と担当者の関係性がさらに深まるという意見も多く寄せられました。
もともと、みずほ銀行は、2019年から日本初のインパクトファンド「はたらくFUND」のGPアドバイザーを務めたり、2022年にはインパクト志向金融宣言に署名するなど、金融を通じたインパクト創出に熱心に取り組んできた背景があります。今後のグループ全体での富裕層に対するフィランソロピーやインパクト投資の支援の展開に、大きな期待が寄せられます。
私事で恐縮ですが、私(筆者:藤田淑子)は1993年に日本の米系銀行東京支店のプライベートバンキング部に入社をしました。当時、米国本店とスイスの拠点には、顧客のフィランソロピー活動を支援する専門チームがありました。一方、日本の拠点には、税務会計の専門知識を持った社員による顧客の財団設立・運営をサポートするチームがあるのみで、社会課題や慈善活動に関するサービスの提供は無く、フィランソロピーの「器」のアドバイスにとどまっていました。あれから約30年。日本においてこの分野における金融機関の対応に、ほとんど進展が無いように思えます。
SDGsや資本主義に対する見直しなど、持続的な社会の実現に対する意識の高まりが、世界的に、かつ、不可逆的に起こっている今こそ、日本の金融機関も、フィランソロピーやサステナブル投資を通じて、自身の価値観を反映させた資産活用を望む富裕層の声に対応したサービスをデフォルトとして整備される時ではないでしょうか。
この分野についての議論が活発になるために、私たちは必要な情報を発信と働きかけを続けたいと思います。
企画・監修:SIIF 藤田淑子、小柴優子
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