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日本の富裕層にフィランソロピーやサステナブルの視点からのサービスを【前編】

日本の富裕層にフィランソロピーやサステナブルの視点からのサービスを【前編】

私たちが個人富裕層の資金を社会課題解決に振り向けたいと考え、SIIF内に「新しいフィランソロピー事業」を立ち上げてから、約2年が経過しました。当初は、海外の富裕層のフィランソロピーを支援するエコシステムを調査し、その層の厚さとバリエーションの多様さに驚きを隠せませんでした。日本と海外では、税制度や政治の仕組みなどの環境が異なることは認識しつつも、日本にもこのようなエコシステムを作りたいと活動を本格的に開始。今では、国内の大手金融機関が富裕層向けのフィランソロピー・サービスに関心をよせ始めるなど、今後、大きな流れとなる気配を感じています。
そこで、日本にもすぐにインストールできそうな視点をまとめてみました。

第1回

1)富裕層の新たな視点

事業の成功や相続などにより、多額の余裕資金を持つ富裕層。彼らがファミリーの資産管理を任せるのが、金融機関のプライベートバンキング部、または、ウェルスマネジメント部と呼ばれる部門(以下、PB部門)です。現在、日本の多くの金融機関がこの部門をもち、個人やファミリーの資産運用・管理から、事業における支援までを包括的に行っています。

これまで、資産運用・管理においては、いかに資産を増やすか、いかに変動リスクから資産を守るか、または、いかに税金を少なく抑えるかという視点が求められてきました。しかし、今、このPB部門に対し、富裕層の間では新しい期待が高まっています。いかに自分の資産を社会に有効に活用するか、という点です。すでにある使い切れないほどの富をこれ以上増やす必要はないし、子どもや孫に必要以上の資産を渡し彼らの生きる力をみすみす阻害したり、不要な争いごとに巻き込ませたくもない。それよりも、自分が思い描く「よりよい社会」の実現に、お金や時間、ネットワークをはじめとした自分の資産を使いたい。そして、自分たちの富を生み出した資本主義の世界が、同時に気候変動、自然破壊、貧富の差、国際紛争を生み出していることは明らかであり、なんらかの修正が必要だと考え始めているように思います。

2)香港でファミリーオフィスの資産管理を行うアニー・チェンのケース

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このような思想を持つ富裕層の例として、香港のファミリーオフィスであるRSグループがあります。大手不動産開発グループファミリーの2代目であるアニー・チェンは、弁護士事務所での勤務を経験した後、自身の家族が所有するファミリーオフィスの資産運用を任されます。「富を守る」、「富を増やす」、「次世代に引き継ぐ」という、富裕層であれば当然とされたミッションに従い資産運用を行っていた彼女に転機が訪れたのは、2008年の金融危機でした。「富の目的は何なのか(What is the purpose of wealth?)」という疑問を持つようになります。人々が無意識に投資を行った結果、貧富の差は拡大し、多くの人々に不幸がもたらされました。地球や人々の生活にダメージを与えることなく、人々の幸福に貢献するような方法で投資をすることはできないのかと考え始め、その結果、すべての資産を寄付とサステナブル投資(責任投資・ESG投資とインパクト投資)に充てることになります。彼らはこれを「トータル・ポートフォリオ・マネジメント」と呼んでいます。

彼女の思想は以下の通りです。

  • ①世界が抱える深刻な問題を解決するための慈善的な資金(寄付など)は十分ではない。
  • ②経済的リターンのみを目的に投資し、そのリターンの一部を「良い」活動に回すという従来のやり方は適切ではない。リターンが大きくても、間違った企業への投資は、世界の問題をさらに大きくし深刻なものにする。一方で、政府や行政の活動はその効果や権限に限界がある。
  • ③規模の大きな構造上の変化、「システム・チェンジ」を起こすためには、資本市場の力を活用する必要がある。そして、それを迅速に行う必要がある。(RS Group, Impact reportより引用)

  • 彼女の話によると、当時、この価値観を理解しポートフォリオを一緒に作ってくれる金融機関はアジアにはなく実現には苦労をしたそうです。欧州の金融機関をパートナーに、インパクト投資の専門アドバイザーや志を同じくする仲間を見つけ、10年近い試行錯誤の結果、彼女の率いるファミリーオフィスは、サステナブル投資のパイオニアとなりました。今では、情報発信や啓発活動、コミュニティの運営など幅広く世界中の富裕層に影響を与え続けています。
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さて、このようなアニー・チェンのケースは特別なものでしょうか。日本の富裕層には当てはまらないものでしょうか。

私たちは、社会課題の解決やよりよい社会の実現に、自身の資産を使って貢献したいと考える日本の富裕層の方々を支援する「フィランソロピー・アドバイザリー」を行っています。日本では、まだ新しいサービスです。日々、クライアントである富裕層と接して感じることは、彼らの社会課題への関心は非常に高く、すでに数億円~数十億円単位をそれらに使う用意がある方が予想以上に多いということです。問題は、彼らが、その資金や情熱をどのような形で使ってよいかわからない、信頼できる寄付先・投資先を見つけられない、それらを相談できる相手がいない、と感じていることです。日常的にお金の相談をする金融機関や税理士・会計士・弁護士の多くが、社会課題に関する知識や情報を十分に持ち合わせておらず、また、社会課題解決につながる金融商品や手法も持っていないのです。 

これまでも、海外の金融機関のPB部門では、富裕層の資産運用・管理に、フィランソロピー(慈善活動)がサービスメニューの一つに盛り込まれることは常識でした。彼らは、一族の価値観にあった活動を行う信頼できる寄付先の紹介や、慈善事業の実施の支援などを提供してきました。

しかしながら、こと日本においては、PB部門にこれらの役割が導入されてきませんでした。理由としてあげられるのは、フィランソロピー・サービスの提供が銀行業法や証券業法において適格な業務として受け止められにくかったこと、富裕層である顧客に強いニーズがあると認識されてこなかったこと、金融機関にとって収益に結び付きにくいことなどが考えられます。

さらに海外では、フィランソロピー(慈善寄付)を持続的かつシステムチェンジをめざす手段に昇華させようとする「インパクト投資」や環境・社会・ガバナンスに配慮した「ESG投資」(これらを総称してサステナブル投資)が、富裕層の資産運用に組み入れられ始めています。フィランソロピーの分野で長年にわたり顧客を支援してきた実績のある海外のPB部門は、このサステナブル投資においても、日本の数歩先を行っているように見えます。

新たなテクノロジーや手法で「より良い社会の実現」をめざしてきた起業家やそのファミリーが、経済的な成功の後に、自らの価値観に合う新しい社会の実現や社会課題の解決に向けて、お金はじめとする自身のリソース活用しようとすることは当然の流れと言えるでしょう。次回は、このような富裕層の期待に応える金融機関の取組みについてご紹介します。

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アニー・チェンと著者 藤田淑子_済州島のコンファレンスで_2022.10 

企画・監修:SIIF 藤田淑子、小柴優子

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