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公益財団法人西原育英文化事業団 代表理事。
1986年より高校社会科教員として世界史および日本史、その後、高専において科学史を担当。西原育英文化事業団へは1984頃から参画(学生の頃から手伝ってました)。
1992年、事務局長。2001年、理事。2011年、代表理事。
思うところあって(後で触れます)、2015年から大学院へ。修士課程を経て、現在は総合研究大学院大学先端学術院先端学術専攻日本歴史研究コース(国立歴史民俗博物館)博士課程在籍。専門は沖縄近現代史。
公益財団法人西原育英文化事業団 事務局 事務長。
2009年より、西原育英文化事業団の業務を担当。
大学時代は教育学部で社会教育専攻し、まちづくりやコミュニティ関係について学ぶ。
NCFの事業を通し、環境問題に貢献する人を輩出することを目指す。
株式会社西原衛生工業所、株式会社西原環境衛生研究所(現 株式会社西原環境)創業者であり、日本における水処理事業のパイオニアの一人であった西原脩三の遺産を基盤として、1965年に環境問題に関する研究を志す学生の支援を目的に設立された財団。
現在は、環境研究に対する総合的支援を目指し奨学金事業「西原・環境奨学金」と助成金事業を実施。また、奨学生を中核としたネットワークの構築にも注力しており、毎年夏にはSummer Campを実施しOB/OGを含めた奨学生同士の交流を促進している。
ー「西原・環境奨学金」はどのような奨学金ですか?
西原さん(以下、西原):西原・環境奨学金は、環境問題についての研究テーマを有する高専専攻科学生、大学学部学生、大学院生を対象とした奨学金です。文系理系の別、研究科、専攻、学部、学科、年齢、国籍等は問いません。
環境と一口に言っても、分野はさまざまです。これまで私たちの奨学金を提供した研究分野だけでも、大気・水・土壌などについての研究や、地球の表層、気候変動や災害、生物多様性、化学物質のヒトへの影響、ゴミやリサイクル、社会・経済、また環境教育に関する研究など非常に幅広いものがあります。
採択で重視するのは、応募してくれた学生さん自身のポテンシャル(潜在的力)です。応募時点での研究実績だけではなく、論文や面接を通じて一人一人の可能性に向き合うことを大切にしています。例えば面接では、好奇心や他の研究者や学生に興味を持って関わろうとする姿勢、自分の研究分野の深いところをしっかり踏まえた上で、それが環境問題とどう絡んで行くかまで考えているのかを聞きます。
奨学金としては、「自主管理」をモットーにしています。まず、奨学金額は上限の範囲内で学生が自分で決定します。当奨学金は貸与型ですが無利子で、また研究実績や進路に応じた返還猶予や免除の申請も可能です。これらの申請も学生自身で行ってもらうようにしています。
塚原さん(以下、塚原):返還免除の制度があることはとても重要だと考えています。NCFとして支出になるからといって返還免除の間口を狭めるのではなく、できるだけ活用してもらいたいです。
学生たちには、学ぶために経済的負担を負ってほしくないと考えています。奨学金返還の負担によって例えば「学費が高いから博士課程に進みたいけど修士課程でやめておこう」と諦めてほしくありません。
ー奨学金事業として大切にしているのはどのようなことですか?
塚原:奨学金なので、経済的な支援はもちろん重要です。ですがそれだけではなく、さまざまな人や情報と出会えるような、「きっかけとしての場づくり」に力を入れています。毎年夏にはSummer Campを行って、現役の奨学生とOB/OGが集まって交流します。また最近では、オンラインで繋がるプラットフォームの構築も行っています。
西原:学問や研究を深めていくと、専門分野は狭まってゆきどうしても蛸壺化してしまうのはある意味避けられないと思います。一方で、こと環境分野については蛸壺化していいことはあまりありません。自分がやっていることが全体としてどういう役割を果たし得るかを考えないと解決に繋がらないからです。それには、集まって話をする機会や話をできるコミュニティが必要だと考えています。
ーどのようなコミュニティを目指しているのでしょうか?
塚原:コミュニティといっても、コミュニケーションの頻度は高くないんです。毎年1回のSummer Campと、季節ごとに集まる場をオンライン/オフラインで作る程度です。頻繁に集まらなくとも、何かあったときに頼れる関係を作ってほしいです。
最近では現役の奨学生が研究や進路のことでOB/OGに頼ることも増えてきました。例えば、海外進学や留学を考えている現役生が留学経験のあるOGに相談したケースもありました。
西原:そういった相談や紹介は奨学生個人の行動力に寄るところも大きいですが、紹介が機能するようになっていると思います。奨学生からOB/OG、そしてNCFとは関係のない人に繋がっていくようなケースもありました。これは、現役生に協力してくれるOB/OGが関わり続けてくれているおかげです。
ーオンラインで繋がるプラットフォームも作っているということですが、それについても聞かせてください。
西原:コロナ禍でリアルな場でのSummer Campが開催できなかったことがきっかけです。その際にオンラインでSummer Camp(キャンプではぜんぜんないんですが)を開催してみたところ、予想以上に多くの人が参加してくれたんです。その際にそれまで全く面識のなかった学部も専攻も違う現役の奨学生とOBの大学教員が、研究テーマがかなり重なることがわかって繋がりができたなんていうことがあったりしたんです。このように、人を繋げてお互いの学問の関係性に気がつくというのは、私たちが提供できる価値だと考えました。
他にも、進路についてちょっと考えていた大学院生から、Summer Campに参加してみたら、自分が想定していた全ての選択肢、職種のロールモデルが揃っていたといわれたこともありました。こういう話を聞くと、場を作ることに意味があると感じます。
塚原:研究分野が一見違う人同士が繋がるのも価値ですよね。例えば、気候変動を法学の観点から見ている人と、科学的な観点から見ている人が話すと、お互いに専門知識を深められて研究の発展にも繋がります。
NCFの事務局だけで繋ごうとすると、専門外なのでわからなくてもったいない事も多いんです!こういう論文を出したと言われても分からないこともあるので…。リアルな場でのそういった繋がりを、プラットフォームでも生み出せたらいいなと思っています。
ー奨学生と向き合う中で意識していることはありますか?
西原:ルールに縛られて杓子定規な対応をするのではなく、我々は小さい団体ですから、その小ささを活かして、できるだけ学生一人一人と向き合うことを大事にしています。
また、これはちょっと個人的なことになってしまうかもしれませんが、奨学生は、私たちの好奇心や興味関心をも喚起してくれる存在だと思っています。例えばSummer Campで集まった奨学生のみんなと話していると、聞かせてくれる話がとても面白く刺激的なんです。いつも新しい話があって、一生懸命に話してくれる。そんな奨学生に対して、自分は全然新しい話がないなと…。実はそれが、大学院に入ったきっかけのひとつでもあります。「張り合ってどうする?」ですけどね(笑)。
ただ、奨学生のやっていることに興味を持ち面白がって話を聞く、こちらからも奨学生が興味を持って聞いてくれる話をしてゆくという言う関係性のあり方は、個人的な好みでもあるのですが、こういう団体としてはもしかしたら案外大事なことなのかなとも、最近は思っています。
塚原:代表理事の西原のこういった人柄で人が集まってくると思っています。私も奨学生の話を聞いて気になったことは調べたり、興味深く聞いています。
ー長年続いている財団は後継者探しに苦労することも多いと思いますが、1965年に設立された長い歴史を持つ財団として、NCFではどう乗り越えていかれたのでしょうか?
西原:まだ「乗り越えた」というような段階ではないです、むしろこれからですね。自分がNCFを引き継いだ際は、過去のものを引き継ぐという段階ではなく、色々と新たな取り組みを始めなければならないという状態でした。そういう意味では、今後の引き継ぎの方が課題かもしれません。
ただ、設立当時の方々が残してくれた伝統はあったと思います。
「西原」は伝統的に研究者との関係を重視するところのあった企業のようなのですが、それを担ったのが早川登さんという方でした。創業者西原脩三とともに戦後の「西原」を支えた人物ですが、特に若手の研究者を非常に大事にし、惜しみなく応援した方だったようです。それは、「西原」にとって使える研究、技術かどうかということではなくて、「あなたのやっていることはいいですね。面白いですね。」と、純粋にそれぞれの研究を評価し、声をかけ、育てることをされていたと聞きます。
まったくそのおかげかなんですが、自分がNCFを引き継いで、大学等の研究者の方に挨拶に伺うと、「おたくの早川さんには本当にお世話になった」とみなさん口を揃えて言ってくださるんです。「西原」という会社自体も、そのような社風でした。
なので自分も、その伝統をやはり意識しています。「西原」にとっての利益は、もちろん大事なんですが、目先のそれではなく、アカデミズムなんていうとちょっとアナクロかもしれませんが、学問や研究そのものの意味や価値を重視してゆきたいとは考えています。
ーそういった創業者の哲学を財団が継承し続けるには、何が大事だと考えていますか?
西原:自分の祖父にあたる創業者西原脩三のことをしょっちゅう言われるので、ちょっとめんどうだなと思っていたこともありました(笑)。でもものすごく面白い人ですし、そのDNAはNCFにも伝わっていると思っています。思いたいです(笑)。
奨学金や助成金の事業など、我々自身を押し出す仕事ではなく学生や研究者が主体で、それをどうサポートしていくかということが大事だと思います。そして、サポートすること自体の楽しさがあるとも思っています。
なので、私たちとしては、まずは奨学生や助成先に興味関心を持つことが大事なんだろうなと思っています。門外漢であってもまずは興味を持つこと、そして研究者をリスペクトする姿勢こそが大事でしょうね。
ー今回、アドバイザリーでご一緒させていただき、ビジョンや成功の定義を言語化しました。改めて言語化してみて、いかがでしたか?
塚原:今までぼんやりしていたことが、議論を通じて明確になりました。ロジックモデルを作成して、活動のコア・一番大切にしたい部分が明らかになりました。「仕事やキャリアで自己実現ができている奨学生が、思うように学ぶことができない人に対して自身のリソースを活用する」状態を作ることが私たちのすべきことであると改めて認識できました。特にSummer Campやプラットフォームなど、コミュニティの部分ですね。動き始めている部分もありますし、元々考えてはいたことが多いのですが、言語化したり共通認識を持ったりとできたことがまずは大きいのではないかなと思います。
西原:「結構、成功しているのでは」とすごく安心しました(笑)。進んでいる方向性がほぼ間違いでなかったことを確認できたのがよかったですね。もちろん、奨学生やOB/OGの力によるところが大きいので感謝をしつつ、ほっとしています。
振り返ることで、「自分たちにとってこの事業とは何か」に向き合わざるを得なくなります。私たちであれば、専門性を持った学生たちの経済的なサポートだけでなく、人や情報とつながるきっかけ作りが重要な要素です。それは私たちだけで行っていることではなく、奨学生自身が学び・人と繋がり、自分の満足するキャリアを実現し、そして現役生に還元して繋がっていく…といった循環になっている。私たちがそんな場を整えたり後押しする役割だと改めて共通認識を持てました。
また、普段は誰にも話さないけれど思っていたことを共有する機会にもなります。例えば、最終的なゴールは、「搾取や階層・環境負荷の上に成り立つ不公平が是正された社会」だという話もしました。こういった話は普段NCF内ではしませんが、改めて話す機会になりました。
自分たち自身を再定義し続けるためにも、振り返りは非常に重要だと考えています。
ー今後はどんなことに力を入れていきたいですか?
塚原:現状、小さいなりにカラーが出せるコミュニティになっていると感じています。今後はSummer Camp参加者だけでなく、全体に広げていきたいです。
特に、OB/OGに関わって欲しいと改めて強く思いました。とても優秀な人が多いですが、年数が経ってしまうと上の世代のOB/OGはSummer Campなどにも顔を出しにくくなりますよね。なので早急に力を入れる必要があると思っています。
西原:「いかにして自分(西原)の役割を減らしていくか」です。次の代への引き継ぎのため、自分が辞める道筋を問題が出ないように組み立てることが課題です。自分が本当にやらないといけない業務に集中しつつ、ここにいる塚原さんに少しずつ自分の仕事を移していきます。
ー「西原・環境奨学金」は今年も公募の時期ですね。最後に奨学金の宣伝をどうぞ!
西原:私たちの奨学金は、環境問題についての研究テーマを有する方であれば、高専専攻科学生、大学学部学生、大学院生どなたでも応募いただけます。
特に、今年は高専専攻科の学生の募集にも力を入れてます。去年までは専攻科進学後から応募を受け付けていたのですが、今年から専攻科進学前の本科5年生も応募できるようになりました。予約奨学金のような形で、専攻科進学後から貸与される奨学金を先に申し込みできます。
高専専攻科から大学院に進学する場合、切れ目なく奨学金を継続できるので、専攻科進学を考えている方もぜひご応募ください!
ご自身の専門、専攻、研究テーマが応募対象となるかなど、ご不明な点があれば、お気軽に事務局までお問い合わせください!
第19回 西原・環境奨学金の募集期間は2024年4月1日〜6月30日です。
募集要項や詳細は西原育英文化事業団ホームページをご覧ください。
ー西原さん、塚原さん、ありがとうございました!
今回、ロジックモデルの作成やビジョン、成功の定義の言語化をご一緒させていただきました。
NCFさんの奨学金は、環境分野に特化していることもそうですが、コミュニティがとてもユニークです。
ビジョンや成功の定義を言語化を一緒にさせていただく中で、金銭的な支援だけでなく奨学生が人や情報と繋がること、そしてそれを還元していく循環を作る、というコアな価値観があることがわかりました。
これらはもともとNCFさんの中にあった価値観ですが、改めて振り返り言語化することで、今後の活動や外部への発信に活かせるものが見えてきたのではないかとワクワクしています。
(PA inc. アシスタント・アドバイザー 鈴木莉帆)
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