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久能祐子さんインタビュー「ソーシャルインキュベーターの育成を通じて、才能ある個人を解き放つ」

久能祐子さん

株式会社フェニクシー共同創業者
S&R財団 理事長
連続起業家 

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背景と動機

科学者から、バイオベンチャーの創業者へ

京都大学を卒業後、新技術開発事業団(現在の科学技術振興機構)で科学者の道を歩んでいた久能祐子さん。1989年、35歳の時に事業団で出会った上野博士と共に「アールテック・ウエノ」を創業した。アールテック・ウエノでは緑内障に効果がある新薬「レスキュラ点眼薬®」の開発に成功。その後1996年には米国にわたり「スキャンポファーマシューティカルズ」を創業し、今度は消化器系新薬「アミティーザ®」の開発で、第2の成功を収めた。

「米国に渡ったのは偶然でした。医薬品開発には先行投資が大きく、資金調達は重要な課題です。でもバブル崩壊後の日本では資金調達が叶わなかった。より大きな市場で勝負することが必要だと考えて、渡米という選択をしたのです。」

「科学者としても、起業家としても、インベンションから創薬開発、そして製品化まで全てを見ることができたのはとても幸運でした。それも2度にわたってその経験をすることが出来た。行き詰っての渡米でしたが、結果としては正しい選択だったと思います。」

成功の中、訪れた失意

バイオベンチャーの創業者として成功をおさめた久能さんだが、一方で忸怩たる思いもあったという。

「事業は順調だったのですが、米国でもITバブルがはじけ、景気後退に直面しました。2003年には株式公開による資金調達を予定していたのですが、結果として株式公開が2007年まで出来ず、開発した薬の販売権を売却せざるを得なくなったのです。交渉の過程では製薬会社からは『利益だけ考えればいい』と言われ、何のためにやってきたんだろうと思うこともありました。特に2012年は失意の年でした。」

米国での活動

ハルシオンモデルの始まり

失意の2012年から2年後の2014年、会社経営の第一線から退いた久能さんが始めたのが社会起業家に特化したインキュベーター支援の取組み「ハルシオン」だった。

「世界には75億人以上の人が暮らしているのに、画期的新薬を作っても、先進国に住む10億人にしか届かない。人生で2度も新薬を世に送り出せた自分が、次にやるべきことは何だろうと考えた時に、情熱を傾けたいと考えたのが、若い人たちが挑戦する場をつくることだったんです。」

久能さんは、ワシントンD.C.の北西部、ポトマック川沿いにあり、アメリカ東部の古い町並みを残すジョージタウンで2つの歴史的建造物を買い取った。この場所を、社会起業家とアーティストを育てる場所にするためだ。買い取った歴史的建造物の名前は「ハルシオン・ハウス」。米国の初代海軍長官が1787年に立てた邸宅だという。

ハルシオン・ハウスには、選抜された社会起業家とアーティストがそれぞれ8人ずつ入居する。入居者は1つの建物で共同生活を送り、互いに刺激を与えあいながら、切磋琢磨を繰り返す。久能さんはこうした若者が「個」としての才能を解き放つ過程を支える取り組みを、「ハルシオンモデル」と名付けた。

「8人の枠には、全米から毎回500人を超える応募があります。既に258名の若者が巣立ち、156のベンチャーが誕生しました。支援したベンチャー企業の創業者は、64%は女性が、74%が非白人を占めます。」

ハルシオンのフェローとなったベンチャー企業が、これまでに達成したファンドレイズの金額は、1億8千万ドルにのぼる。設立されたベンチャーは、約2400人の雇用を生み出し、提供したサービスにアクセスした人数は、既に273万人に達するという。

法律家や会計士、先輩にあたる起業家がメンターやコーチとしてハルシオンに入居する起業家を支えるのも特徴だ。「貨幣価値に換算すれば、それだけで毎年1億円近い支援を行っている」と久能さんは話す。

ハルシオンからは、次世代の女性起業家を支援するファンド“Wecapital”も誕生した。Wecapitalは、投資家も全員が女性、投資先も女性がけん引するベンチャー企業という、女性による女性のためのファンドだ。

同ファンドは、同じく女性が設立したベンチャーキャピタル“Rethink Impact”と共同でも投資を行いファンドを共同運用することで、2社のユニコーンも輩出したという。

日本での活動

ハルシオンモデルを日本へ

環境を整えることで、才能ある個人がその才能を伸ばす。そんなモデルを実現するためにつくられたのがハルシオンだ。久能さんは「ハルシオンモデルをぜひ、自分にゆかりのある日本でも実現したい」と2018年に株式会社フェニクシーを小林いずみ(元世銀MIGA長官)、橋寺由紀子(現フェニクシー社長)と共に立ち上げた。

フェニクシーは、拠点を京都に定め、居住滞在型インキュベーター施設「toberu」を開設した。

日本での展開には、京都市や京都大学も協力を得られた。場所の確保や京都の産業界への紹介、企業への訪問など、様々なサポートが得られたことが、「大いに励みになった」と久能さんは話す

「ちょうどその頃、自分が学んだ京都大学とのご縁が生まれました。京都には歴史的にも文化的にも、起業家を支える豊かなエコシステムが存在します。約40年ぶりの京都でしたが、若い世代の成長を支援するには、最も良い場所だと感じました。」

大手企業に埋もれた才能に、挑戦の機会を提供する

ハルシオンモデルの展開を目指すフェニクシーだが、日本ならではの特徴もある。

大企業との連携を重視し、これから中核的な役割を果たすであろう、若い世代の企業人を積極的に支援しているのだ。

「日本にも、才能があり志の高い個人は大勢います。問題は、そうした人が大手企業の中に埋もれていること。そして女性に対して十分な機会が与えられていないこと。そこで、日本での展開を考えた時に、重視したのが大手企業との連携でした。」

プログラム参加者は「フェロー」と呼ばれ、toberuに4ヶ月間滞在する。滞在中は、異業種交流を通じて事業アイデアを磨き、イノベーションの創出を目指す。

フェローにはスポンサーとして参画する企業から受け入れる大手企業社員と、一般公募枠の若手人材の双方が含まれる。2021年には4期目を迎え、既に36人が入居を果たした。このうち21人がスポンサー企業からの参加者、15人が一般公募枠での参加者にあたる。

スポンサー企業には、味の素、オムロン、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、ダイキン工業、東京海上ホールディングス、NISSHA、日置、富士フィルム、三菱ケミカルホールディングスといった大手企業が参加した。

居住滞在型支援に加えて、資金面での支援も行う。

2021年4月に設立された「Toberuファンド」には、オムロン株式会社や京都信用金庫、そして久能氏が代表を務めるSK Impact Fund Japan, LLC(米国ワシントンD.C.)、日本のPEファンドの草分けであるユニゾン・キャピタルを創業した江原伸好氏などが参画し、ファンド総額は3億円に達した。

入居者に対しては、終了時に、国内外の投資家や企業の事業開発担当者が参加するショーケースでの発表機会が提供される。成長に必要な刺激と出会いを提供し、そして資金という複数の視点から成長の機会を提供するのがフェニクシーの特徴だといえよう。

大切にしている価値観

アントレプレナーであり続ける

起業家としての経験を存分に活かし、若い世代の挑戦の機会を作り続ける久能さん。

経験を重ね、若者を支援する立場にある今も、「自らがアントレプレナーであり続ける」ことを意識し続けているという。

「私たち自身が、常にチャレンジし続けることが大切だと思っています。変えるべきことを変えるために、チャレンジする。採択したフェローと同様、新たな仕組みをつくり続けるという意味では、私たち自身もアントレプレナーです。意思を持って挑戦する、オーナーシップを持って取り組む、そして謙虚に楽観的にチャレンジを続ける。そうした積み重ねの先に、大きな変化が生まれるのではないでしょうか。」

“Right Thing, Right Time, Right Place”

チャレンジする際に常に意識することは、“Right Thing, Right Time, Right Place”だという。

「米国に渡ったのもまったくの偶然でした。でも振り返ってみればピンチはチャンスだった。2012年に会社をステップダウンした時も、しばらくはもやもやしていました。けれどももやもやの先には、多くの出会いがあり、ハルシオンが誕生し、そして日本での展開にまでつながったのです。」

起業家として重ねてきた挑戦と多くの出会いも、フィランソロピーに存分に活かされているという。

「共同創業者や理事の中には、仕事を通じて出会った友人・知人が多く含まれています。中には20年以上の付き合いになる方もいます。ハルシオンやフェニクシーをやろう、と思った時に、自然と脳裏に浮かんだ方ばかりで、今までの経験が活かされているとも言えますね。」

「アールテック・ウエノでも、ハルシオン・インキュベーターでも、フェニクシーでも、手がけてきた取組みの全てにCo-founderがいます。特に50歳を過ぎてからは、最後まで全てを自分が見られるわけではないことを覚悟して、最初からCEOを任せられるパートナーを探し、法人を作っています。」

フェニクシーの設立にあたっては、アールテックウエノの上場をCEOとして成功に導いた橋寺由紀子さんが共同創業者となった。橋寺さん自身も研究者であり、起業家だ。会社を離れ、京都大学で学び直し新たなキャリアを構築していた橋寺さんに久能さんは全幅の信頼を寄せる。

世界銀行で長く働いていた村井暁子さんもまた、久能さんと共に、フェニクシーのチャレンジを支える一人だ。久能さんとともに、京都大学で「グローバル社会起業講座」を教える特定准教授でもある。

「共同創業者は相性やリスクテイクの考え方が一致することが大切です。早いうちからShared Vision型の複数によるマネジメントを意識することで、人材育成とサクセッションプランを可能にしています。そうしたパートナーと出会えることも“Right Thing, Right Time, Right Place”であるか否かの判断基準ですね。」

メッセージ

人新世の時代にこそ、起業家が必要

母校である京都大学では、2018年にグローバル社会起業寄付講座を開設、特命教授として自ら教鞭にも立つ。

「現代は、“人新世(アントロポセン)の時代”だと言われています。経済環境だけではなく、気候変動をはじめとする地球規模での変化や、都市化や人口集中、ITやDXの進展など、今までの常識が通用しない、不確実で、先が見えない時代だからこそ、未来を切り開く起業家が大切です。スケールを変えて考える起業家を育てるために、必要なエコシステムを生み出していきたいですね。」

企画・監修:SIIF藤田淑子、小柴優子 / インタビュー・執筆 ㈱風とつばさ 水谷衣里

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