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西川順さん「自分にとっての社会貢献とは何か?考えて行動することが大事」若手富裕層への調査から見る日本のフィランソロピーの現状と可能性

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西川さんプロフィール

西川 順(にしかわ じゅん)さん
1999年立教大学経済学部卒。オランダ国立マーストリヒト大学経営学部留学。大学卒業後、ブルームバーグテレビジョンでのインターンを経てインターネット業界に転職。 2008年11月、赤坂優氏(エウレカ元CEO)と共に株式会社エウレカを創業し、2012年に恋愛・婚活マッチングサービス『Pairs』をリリース。2015年5月、米国Match Groupエウレカの発行済全株式を売却。2017年に同社の取締役を退任後、エンジェル投資家として、NY、シンガポール、日本のスタートアップ計30社に投資。2018年より再び赤坂氏とともにfranky株式会社を始動。2022年3月、同社の取締役COOを退任し現在はアドバイザー。
2023年4月から東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)へ通い、フィランソロピーに関する論文を執筆した。

インタビュアー

PA inc. 代表取締役 小柴 優子(こしば ゆうこ)

「生きている間に、自分の資産をどう使うべきか」という問い

小柴:西川さんの論文内容について教えて下さい。

西川さん(以下、敬称略):東京大学EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)に通っていた時に、最後に提出する論文のテーマとして「若手富裕層の社会貢献〜日本の現状と可能性〜」を選びました。その過程でフィランソロピーの歴史や現状の調査と、周囲の起業家など若手富裕層へのアンケート調査を行い論文をまとめたのですが、論文提出後も引き続き色々調査・分析しています。

小柴:そもそも、EMPの論文でそのテーマを扱ったのはどうしてだったんですか?

西川:実は去年末にシンガポールに移住するつもりだったんです。
きっかけは12年間飼っていた犬が2年前に亡くなったことです。大事なものを亡くして「生死」について考えるようになりました。私はあと数年で50歳になるので、仮に100歳まで生きられるとして、あと半分の人生を今までと同じようにビジネスだけをしていて良いのだろうかと思い始めました。
それまでは犬の抗がん剤治療に毎週通っていて、いつ彼女の体調が急変するかもわからなかったので、出張も含めて日本から出られなかったんです。ですが、亡くなってしまったことで自由に動ける状態になったので環境を変えようとシンガポールに移住することを決めました。ところが急に結婚することになり、流石にすぐ別居婚はどうなんだろうと思い、一旦、移住を延期し日本に残ることにしました。
日本に残ることにしたものの、すでに2つ目に創業した会社は移住準備で忙しかったため退任していたので、日本で何かを学ぶため大学に通おうと考えました。でも経営経験はあるためMBAはちょっと違うな、と思っていたところ、東大のEMPについて知り、リベラルアーツ全般を学ぶことを通して正しい問いを立てる、というEMPのプログラムに参加することで、この先の50年をどう生きるべきなのかのヒントを探せるかもしれないと思い、参加を決めました。

小柴:そうだったんですね。様々なテーマがある中で、どうしてフィランソロピーに関する論文を書こうと思ったんですか?

西川:ちょうど論文のテーマを決めるタイミングで一般財団法人Soil代表理事の久田さんと話す機会があり、何故Soilのような取り組みを始められたのか、どういう思いがあるのかなど色々お聞きしたんです。私自身、災害や戦争が起きると赤十字への寄付はしていましたが、寄付以外の社会貢献というのものに対しての具体的なイメージを持っておらず、論文のテーマにすることで見えてくるものがあるのではないかと考えました。
自分が生きる上で社会にどう貢献するのかを考える際に、起業家として会社・事業を通じての社会貢献もあると思います。営利企業で事業を伸ばして売上や利益を出し、雇用を生み、サービスを通じて元々全くなかったものができて人の生活が変わること、例えば私は株式会社エウレカを創業し「Pairs」というマッチングサービスを作りましたが、Pairsを通じて結婚される方が増えたり、子供産まれたりすることも、社会貢献の一部だと言えると思います。
でも、それ以外の選択肢があるということを久田さんのSoilの話をお聞きして気が付きました。フィランソロピーを論文のテーマにすることで、私だけではなく周囲の富裕層の人たちにも少しは役に立つかもしれないと、論文を書くことにしました。

小柴:論文を通じて見出したかった”問い”はなんですか?

西川:「生きている間に自分が保有している資産をどう使うべきか、どうすれば正しく使えるのか」ということです。
私のパートナーは、もともとお金に幸せの価値を置かない人なのですが、そんな人が私と結婚して「そんなに資産があって運用もして、さらに増やしてどうするの?俺たちそんなにお金使わないよね?」と言ったことがあったんです。私も「これ以上資産を増やして私は一体、何をしたいのだろうか?」「自分が一生かけても使いきれない資産を保有していることに意味があるのだろうか?」とずっと考えていたのですが、彼と話していてよりそのテーマについて深く考えるようになりました。
元々、自分が賛同するNPO等に寄付するよう遺言書も作成していましたが、死んだ後のことよりも、生きている間に自分の資産を社会に還元しなくて良いのだろうか?どうすれば正しく還元できるのだろうか、という問いに対する答えを探すために論文を書くことにしました。
結論、「正しい還元の仕方」の定義は自分しか決められないと思いましたが、私以外の富裕層の方達にとっても考えるきっかけになればいいし、そもそも他の人たちの社会貢献についての考え方や実際のアクションを聞いたことがなかったので、周囲の富裕層への調査も行いました。

フィランソロピーが普及するために必要なのは、仕組みとコミュニティ

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小柴:富裕層の方への調査の結果、とても気になります。アンケート対象者の社会貢献への関心度はどれくらいありましたか?

西川:「社会貢献に関心がありますか?」の質問では、「とてもある」と「まあまあある」を合わせて97.5%でした。私個人としては「とてもある」という回答がもっと高いかと思いましたが、それでも関心がある人が多いと言えるのではないでしょうか。

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一方で、今回アンケートに協力してくださった若手富裕層の方達はほぼ全ての方が経営者なので、日々忙しく、社会貢献に関して考える時間を取ることは後回しになってしまうのが現実だと思います。なので、今回の論文にも取り上げた、起業家・富裕層の社会貢献に関する取り組み等を露出し、多くの方に知ってもらうことが大事なのではないかと思っています。実際に財団を作るなどの具体的なアクションを起こしている人が増えていくと、「自分も何かやらないといけない」と気持ちになっていくのではと思います。エンジェル投資がその良い例だと思うんです。ある一定以上の額でEXITをした経営者の99%はエンジェル投資をしているんじゃないでしょうか。

小柴:エンジェル投資はなぜそんなに普及しているんでしょうか?

西川:「EXITした起業家は、エンジェル投資するのが当たり前」というカルチャーになったからだと思います。なので、エンジェル投資とセットで「EXITした人はエンジェル投資とフィランソロピーについて考えるのが当たり前」にしていくことができれば、エンジェル投資と同じようなエコシステムが回るのではないでしょうか。
エンジェル投資も10年前には今ほど当たり前ではなかったので、エコシステムが回るようにとカルチャーを変えられるのではと思っています。投資している会社がEXITしたら、その起業家に「エンジェル投資と、寄付や財団を作る活動もした方がいいよ」とエンジェル投資家が声をかけるようになっていけば、エンジェル投資と興味のある分野の社会貢献に資産を配分するようになると思います。
エンジェル投資は既にエコシステムが回っているので、フィランソロピーにもそういうものがあれば広がりやすいと思います。アンケートで「NPOや財団も考えていますが時間的なリソースがかかり過ぎるので、時間に余裕ができた時、もう少し歳を取ってからで良いかと思います」というコメントがありましたが、これが理由でNPOや財団を作らない人がほとんどだと思います。NPOや財団の設立方法から調べるのは、会社経営をしている人は時間的になかなかできない。PA inc.のような会社に任せて自分は必要なときだけ出ればいい状態だと良いですね。エンジェル投資は、投資契約書のフォーマットから始まって色々な情報が既にコミュニティで共有され知見も溜まっているため、出資するということだけで言うと、投資して欲しいと言ってくださるスタートアップの中から自分が賛同する企業を決めて出資させてもらうだけなのでとてもわかり易いんです。
あとは、自分が出資した金額に対して、例えばエンジェル投資なら10%の株を保有していた場合、それが将来的に成功したらどうなるか数字でイメージを持てますが、NPOや財団は利益が目的ではないので一体どのくらいのコストアウトがありその他に何が必要で、何をしなければならないのかが実感としてわからないんだと思います。私もそうです。
まずアクションするためのハードルが低くなると、やりたい人ができるようになるので、やってみる人が増えていくと思います。

小柴:ハードルを下げる仕組み、必要ですね。エンジェル投資とフィランソロピーに共通した課題はありますか?

西川:まず、アメリカではフィランソロピーが活発ですが、そもそも日本とアメリカではEXITの際の金額の桁が違います。なので、エンジェル投資やフィランソロピーに流れるお金の桁も違います。
さらに、最近は大型上場や大型M&Aが増えていないため、そもそもエンジェル投資家にお金を使われる状態も少し停滞してる感じがすると友人のVCが言っていました。
起業家に数億円の資産しか入らないEXITだと、なかなかその資産をエンジェル投資やフィランソロピーに分配すると言うのは難しいと思います。
逆に言うと、例えば100億円以上の個人資産を持つような起業家が多く誕生する状況ではないのであれば、1〜10億円の資産を持っている人たちが集まることでできることを考える必要があるのかな、と思います。

小柴:アメリカと日本の比較についてもっと伺いたいです。EXITの金額以外にも、フィランソロピーを取り巻く背景が普及度合いに影響しているのでしょうか?

西川:アメリカは「富裕層は富を社会に還元するべきだ」というフィランソロピーの歴史が長いですね。日本でも、例えば法隆寺建設の際に篤志家が出資していたような歴史はありますが、富裕層になったら当たり前に社会に還元するというのは、アメリカほどは根付いていないと思います。
また、日本はアメリカと違って、政府の保護が手厚く、社会保障制度も充実しているので、セーフティネットとしてのフィランソロピーがそこまで必要とされていないのではとも思います。アメリカの場合、資産に対して寄付に回す金額が少ないとして米アマゾンのジェフ・ベゾスCEOには寄付への社会的圧力が強まったりしているそうです。
宗教の影響もあるかもしれません。これは私が論文で追求し切れなかったのですが、仏教とキリスト教の違いです。キリスト教の国では幼い頃から、教会でバザーや食事の配給など、困っている人を助けることに馴染があると思います。日本でも、もちろん、目の前で困っている人はみんな助けると思いますが、そこにお金を介在させることに対して、抵抗があるような気がします。
これは、江戸時代の「士農工商」が影響しているのではないかと考えて、EMPの時に仏教の教授ともディスカッションしました。「商」、つまりお金を扱う人がヒエラルキーの一番下にいますよね。お金を使う人=身分が低い、というマインドが日本人のどこかに残っているから、例えば芸能人が寄付をしたことを公表したりすると、売名行為だとSNSで叩かれたりするのではないかと思います。ただ、ここは私も引き続きもう少し深く掘り下げて勉強したいテーマです。

小柴:その文化はありそうですね。日本に合ったフィランソロピーの普及方法のアイディアはありますか?

西川:今思っていることで言うと、コミュニティが必要なのではないでしょうか。富裕層へのアンケートでは社会貢献をするうえで「仲間が欲しい」という回答が多くありました。エンジェル投資も横の繋がりがあって、エンジェル投資家同士で投資先を紹介しあったり、投資相談を受けて他の投資家を繋ぐこともあります。

恐らく、誰かが旗振りをしたわけではなく自然発生的にコミュニティが発生し、成立してきたんだと思いますが、それがいいんだと思います。フィランソロピーも、社会的意義があると思うことであれば、経済的に余裕さえあればみんな自ずとやるとは思いますが、現状は情報が足りないことが一番大きいですね。すでにフィランソロピーに取り組んでいてロールモデルになるような人たちがもっと情報を発信してくれるといいと思います。

自分にとっての社会貢献について考えることが重要

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小柴:富裕層が関心を持つ社会課題の傾向は見えましたか?

西川:ほとんどの人が「教育」に関心があると答えていました。それぐらい、多くの人が日本の教育に危機感を感じているということだと思います。教育といっても幅広いので、教育のどういう分野に課題感を持っているかはそれぞれ違うと思いますが、ここまで教育に課題感が集まるのは興味深いです。マクロで見ると、教育に投資しないと国が衰退することを理解してるからこその危機感のかもしれないですね。
あとは「アート」への関心も多かったのですが、教育とアートがほとんどだったので、もしかすると他の社会課題についてはあまり身近ではないのかなと感じました。身近じゃないものには、人はお金を出せないですよね。一方で人間は知らないものにはそもそも興味を持つことができないので、興味を持ってもらいたいジャンルの露出を増やすことと、そこに興味を持ちそうな人たちを繋ぐことが重要なのではないでしょうか。そのためにも、コミュニティが必要かもしれないですね。

小柴:社会貢献の手法については、傾向や気になるコメントはありましたか?

西川:寄付の経験が一番多かった一方で、「寄付なども一定はやってみましたが手触り感と透明性が少なく、本当に役に立っているという感じがしなかった」というコメントもありました。
私もそうなのですが、寄付だけだと、どうしても手触り感は出ないと思います。しかし、お金を出すだけでなく、例えば活動に伴走する、サポートするなどのアクションが伴うと手触り感がでるのではないでしょうか。非営利事業でも利益が出ないと継続しないので、どうやったらマネタイズできるかを起業家がサポートしてマネタイズできる体質に変えられたらすごく意味があることですよね。
社会貢献の定義は、それぞれ違うと思います。例えば、起業して事業を伸ばし、税金を払い、雇用を生む、と言うことも社会貢献であると言えるので、それ以上のことをする必要がないと言う起業家もいます。
財団やNPOを設立することも一つの手段ですが、それだけが社会貢献ではないと思います。例えばエンジェル投資に注力し投資先へのメンタリングや様々な支援を行うことで数多くの素晴らしい企業を成長させるとか、日本でエンジェル投資文化を定着させることに貢献したような方は、非常に社会に貢献していると思います。
自分が今やっている活動が社会貢献だと思える人はNPOや財団の設立はしなくていいと思いますし、NPOや財団を作らないとできないことがあるなら作ればいいと思います。

小柴:西川さんが今後取り組みたい社会課題や、その方法などは見つかりましたか?

西川:社会貢献=財団の設立ではないので、自分にとっての社会貢献を考えて定義し、自分なりの答えを見つけることが大事だと思います。個人的には財団を作るよりも、自分で何か社会課題に対してインパクトがあるビジネスを作った方がいいのかも、とも思いますし、また財団を富裕層が個別に作るのではなく、数人、数十人が集まって同じ社会課題に対して集中的に支援を行う枠組みを作る、なども必要なのかな、と思うこともあります。もう少し年を取ったら違う考え方になるかもしれませんが、働ける間は、資産だけでなく、頭脳や労働力を使って社会貢献した方が社会へのインパクトを出せるのかなと思います。
どのジャンルの社会課題に資産を使いたいかはまだ見えていませんが、この先の日本で起こりそうな危機や課題を解決することに積極的に関わっていきたいと思います。

小柴:最後に、この研究を経て一番伝えたいことはなんですか?

西川:「自分にとっての社会貢献とは何か」そして「自分だからできる社会貢献は何か」を考えて行動し続けることが重要だと思います。これは起業家や富裕層だけでなく、日本全体に言えることですね。
実際アンケートに協力いただいた方から、「このようなフィランソロピーに関するアンケートに答えること自体が考えるきっかけになった。すごく価値があることだ」というコメントもいただきました。
アメリカとの比較についてもお話しましたが、日本人のマインドや文化に馴染む形でのフィランソロピーの形があると思います。今回の研究でそこまで調べきることはできなかったですが、一つのキーワードは「仲間」だと思います。フィランソロピーもみんなでやるのが日本人の国民性には合っているのかも知れませんね。

小柴:西川さん、ありがとうございました!

編集後記

西川さんの「社会貢献=財団の設立ではない」という意見に非常に共感しました。私たちフィランソロピー・アドバイザーズ株式会社も、財団設立から運営をお手伝いしていますが、最初の面談ではクライアントが達成したいことに最も適したビークルを検討するところから始めています。その中で、株式会社も選択肢の一つとして俎上に載せています。

「新しいフィランソロピー」の考え方で提唱しているように、株式会社での活動も、財団などの非営利組織で行うフィランソロピーも両方社会貢献だと思っています。そのためにも、西川さんがお話していたように「自分にとっての社会貢献とは」を考え行動し続けることがとても重要だと考えています。

PA inc. 小柴優子、鈴木莉帆

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