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個人の方が、資産を社会貢献活動に活かそうとする場合、税務の知識は欠かせません。
「覆面税理士シリーズ」は、「篤志家の方に後悔しない社会貢献活動を行ってもらいたい」と考える、財団法人の税務に詳しい税理士さん達に、自由に意見を発信してもらうため「覆面」でお話しいただくシリーズです。
第1回目は、現在、議論が進んでいる公益法人制度改革についてです。
前編では、まず、基礎知識として、個人が財団法人を設立する際に気を付けるべきポイント(税務面・ガバナンス面)を、覆面税理士さんに教えていただきました。
後編では、公益法人制度改革の注目ポイントについてご紹介します。
PA inc. 代表取締役 藤田 淑子(ふじた よしこ)
藤田:公益法人については、税務メリットがある一方で、資金を有効に使いにくい、法人運営が煩雑であるなど、その制度について、これまで多くの不満が寄せられていました。そこで国も改革に動き出し、「新しい時代の公益法人制度の在り方に関する有識者会議」が発足。2023年6月に有識者会議が終わり、現在、改正に向けた動きが進んでいます。その主要ポイントについて教えてください。
(公益法人制度改革の詳細は以下をご覧ください)
新しい時代の公益法人制度の在り方に関する有識者会議
覆面税理士:大きなポイントとしては、資金をより効率的に活用できるようにするために、「中期的な収支均衡の確保(フロー)」と「遊休財産の適正管理(ストック)」があります。一つずつ見ていきましょう。
実務をやっている中で、大きく影響しそうなのは、「収支均衡の年数が5年となる」ことと「過去の赤字も見てもらえる」ということです。特に後者が一番影響が大きい気がしています。
収支均衡については、「収支相償原則」というものがあり、公益目的事業において、「支出を上回る収入を得てはならない」とされていました。ここから、「単年度の収支は赤字でなければならない」という誤解が生じ、長期的な視点で財務計画を立てることが難しい状況が生まれてました。
収支の均衡を見る期間については、これまで「中期的」とされているだけで、「何年」と明確な時期を示していないませんでした。そのため、各指導官の判断によるところが大きく、財団側は予見がしにくいという実情がありました。今回、5年と明確になったことで、収支の計画が立てやすくなりました。
また、過去の赤字も通算されるようになりました。これは財団にとってメリットが大きいですね。今までは一度黒字が出たら、過去を見ずに「この黒字をいかに中期的に使い切るか」というところばかりに目がいっていましたが、今度の改正では過去の赤字も繰越が可能となります。つまり「過去ずっと赤字だったんだから、今期黒字が出てもそれは過去の補填に充てさせてください」といえるようになったのが大きいです。
藤田:「5年」の考え方について教えてください。
覆面税理士:例えば、今日スタートして、「将来5年間でこの黒字を解消する」という発想もあれば、「過去4年は赤字だったので、当年を入れて5年間で黒字を解消するよ」という計画も認められるのだと思います。
また、黒字分は「公益充実資金積立」として管理していくようです。これは、今の制度での「資産取得資金」や「特定費用準備資金」に変わる積み立ての概念です。
今までは、将来使う資金を積み立てる時には、大きな財産を買う場合は「資産取得資金」、活動に使う場合は「特定費用準備資金」と、目的で、積立方法が変わっていたんです。それがややこしいので「もう一緒にしよう!」ということで公益充実資金制度になっています。
もう一つのポイントが、「遊休財産」です。遊休財産要件は漢字の通り「遊ばせて休ませている財産」のこと。「財団が持っている財産の中で、遊ばせていたり休ませている財産が、1年間の事業費相当を超えてはならない」という要件です。
例えば、公益法人で財産(株式など)を持っていて、その運用益(配当金など)を社会貢献に使う場合は、遊ばせている財産には含まれません。何にも使っていないような財産が遊休財産になるのですが、これが1年間の事業費相当額を超えてはならない、ということです。
藤田:元々、遊休財産要件に縛りがあるのは、節税目的で財団にごそっと資産を移して、公益活動にも使わずに、節税メリットだけを受けるのはけしからん、という理由ですよね。
覆面税理士:はい。そうです。無駄な財産を財団に置いて、財団が隠れ蓑になっているようなケースがあるからです。
今回、見直しが入るのが、その遊休財産要件の「上限の考え方」なんです。
というのも、コロナ禍で活動を全然しなくなるような財団も出てきたんですよね。
遊休財産要件は、遊休財産の上限が「1年間の公益目的事業相当費」となっているので、活動が縮小されると上限のバーが下がってくるんです。コロナによって活動が全然できない法人では、必然的にこのバーが下がってきて、すぐに遊休財産の上限を超えてしまうということが起こりました。こういったケースを回避するためにも、「1年間の事業費」ではなく、「5年間の平均」を上限にしましょうという見直しです。
あと個人的に注目をしているのがこちらです。
公益法人を選択すると、役員の数は少なくて済む一方で行政監督を受なければならなくなります。
行政監督で何が一番面倒かと言うと、何か新しいことや事業の変更がある時に、事前に承認を受けなければならないのか、または、事後の届け出だけでよいのかを、いちいち行政の顔色を見て行わなければならなかった点なんです。
事後の届出で済むものであればいいんですが、事前に承認を受けなければならないとなると、やはり時間と手間がかかって機動力が悪くなります。
そこを、この分野の「柔軟化・迅速化」でどれだけスムーズにできるのか。これが一番注目しているところです。これは実際に運用が始まってみないとわからないですが。
藤田:ありがとうございました。公益法人改革のポイントが良くわかりました。
今回の改革で、資金の効率的な運用、活動の柔軟化が実現することを願います。
ところで、公益認定をとる財団法人のアドバイスをしておられると思いますが、認定取得に関して、どのような問題があると感じていますか?
覆面税理士:私たちのアドバイスでいうと「そもそも公益認定は必要なんですか?」からスタートします。「公益認定を取ったけど後悔しています」という方も1−2割いるからです。
税のメリットを得るために公益認定を取ったものの身動きが取りづらくなってしまって、本当に必要な社会貢献とは違うような活動を繰り返さざるをえない実態が生まれています。
例えば最初は良かれと思って作った奨学金制度があるとします。単純にお金を出すだけでなく、もうちょっと工夫すればもっといい活動になると思っても、工夫を加えると行政の手続き(届出・認定など)を行わなければならず面倒だということで、そのままになっているケースも散見されます。
公益認定を取る際に行政から色々と言われて辛かったので、変更の度にまた行政とやり取りするのを避けようとして、新しい事業や事業の変更をしたくないというケースもあります。
藤田:「辛い」と言うのはどれくらい辛いんですか?
覆面税理士:承認されるまで半年かかることもありますし、「そこまで注文をされるのか」というようなことまで言われるようなことがあります。かつ、その基準が曖昧なので、担当者によって注文に違いがでてくることもあります。
認定や承認を取るまでに半年~1年かかると、途中で行政の担当者が変わって、言われることが全く変わってしまうということがあったりします。
藤田:ある公益財団の方が、「行政とのやり取りは全部記録をとってる」と言っておられましたが、そういうことなのですね。
覆面税理士:行政とのやり取りに苦労し、やっと公益認定をとっても、もうこれ以上行政とやり取りしたくないとなると、公益法人の活動が同じことの繰り返しになってしまう。もっとこうしたらいいのに、というのがなかなか受け入れにくい状況があるのかなと思います。
藤田:多くのお客様から「税務メリットを放棄してでも、公益にはしたくない。自由な活動ができる一般財団がいい」と言われるのですが、そこにはこういう背景があったのですね。
また、行政側としても、公正に財団運営を監督しなければならない立場から、公益に資する器としてその財団が適切かどうかをケースバイケースで必死に見ていた裏返しかもしれないですしね。
今回の変更であいまいな点が明確になり、双方にとって状況が大きく改善されることを願います。
ところで、公益認定の取りやすさの話なのですが、認定取りやすいので奨学金にした、というお話をよく聞くのですが、そういうものなのでしょうか。
覆面税理士:判断する側がどこまで不安があるかによると思います。なぜ奨学金が一番取りやすいかというと、ジャッジする行政の側にたくさんの経験があるから。行政からすると、他の事例がない活動は不安になりやすいのだと思います。公益認定を取りに行く時は、とにかく他の同じような活動をしている公益法人の情報を集めて行くようにアドバイスしています。行政に安心してもらえると思うので。
奨学金以外には、例えば政策提言などは、一つの候補になると思います。ただ難しいのが、どういうことを課題として、どういうことを訴えて行くかの時に、どうしても、「本当にこれ訴えてもいいのかな」というのが行政側にあると思います。
一つの事例があります。
「日本尊厳死協会」という団体があって、尊厳死を世の中に広めていこうという団体なんですが、公益認定を申請した際、認定が取れなかったんですね。
「尊厳死が日本で認められていない中で、公益認定をしてしまうと国が認めたようなものになってしまう」という理由でした。これが最終的に裁判になったんです。
公益認定委員会としては、「尊厳死は日本が認めていないのに、それを認めたらまずいだろう。国が認めていないから公益認定できない」という立論で。一方、尊厳死協会側は「何を信仰しても自由なはず。それを理由に公益を下さないのはおかしい。」と主張していたんです。
公益認定がおりなかったことに対して不服申し立てをして、却下されて、しかし、その後、裁判を起こして勝訴になりました。
https://songenshi-kyokai.or.jp/archives/914
藤田:それは大変意義のあるアクションでしたね。国が認めていることに限った活動しか認められないということであれば、社会活動自体が成り立たないですものね。
覆面税理士:そうですね。でもそこまでやらないと今の公益認定って取れないんですよね。
藤田:インパクト投資は対象に入っていますか。
覆面税理士:ここは見直しの中に入っています。資産運用や公益目的事業としての投資ですね。今回の見直しで、出資する意味がちゃんとあれば公益事業として認めてもらえるのであれば素晴らしい事と思い、我々も注目しています。
財務のところは緩くしていきましょうという感じだったのが、ガバナンスのところは、よりいっそう自分たちで厳しくしていきましょうね、という方向性です。
外部の理事監事を導入しましょう、会計監査人の設置対象を今よりもハードルを下げていきましょう、といった見直しが行われます。
藤田:財団・社団の話に限らず、一般的に日本の法人はガバナンスが弱いといわれていますが、そこに通じるものがありますね。グローバル標準にしましょう、みたいな。
覆面税理士:そうですね、それでいうと、外部理事は、まさに一般の企業における社外取締役の流れと同じです。
藤田:財団のガバナンスと言うと、具体的にどんなことが考えられますか。
覆面税理士:上場企業オーナーの方が相続対策を重視して作った財団(相続対策系)と、こういう社会課題を解決したいということで作った財団(社会課題解決系)があるとすると、それぞれで活動のガバナンスが変わってきますよね。
私たちはどうしても、相続対策系のご相談に乗ることが多いのですが、そういう財団は社会貢献と相続対策で言うと、相続対策を優先しがちです。なので、オーナーの方がある程度実権を握っている。よって、ガバナンスへの配慮が必要になります。
一方で、社会課題解決系の財団は問題解決が最優先なので、ある程度内部でしっかり議論されており、ガバナンスに問題が起こりにくいと思います。
藤田:ガバナンスにおいて注意が必要な点はどのようなところでしょうか。
覆面税理士:社団・財団両方とも、どういう方に理事になってもらうのかが大切になるでしょう。
先程の例でいうと
相続対策系:圧倒的に財源がある
社会課題解決系:圧倒的に財源がない
社会課題解決系は、財源がない中でいかにその社会問題を解決しようとする優秀な人を組織に留めておくかと、人件費ですね。
今の日本の文化では、寄附金について「社会貢献に使ってくれるならよいけど、運営費には使って欲しくない」と言われる方が多いですよね。ここを解決しないと優秀な方が残らないんですよね。ここが解決しないと、社会課題解決系の社団・財団はなかなか増えないのではと思っています。
藤田:覆面税理士さん、率直なお話をありがとうございました。今回の公益法人改革により、ルールがわかりやすくなり、積極的な活動がしやすくなり、日本の公益活動がより一層活発になることを期待したいと思います。
PA inc. 藤田淑子
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