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ロックフェラーやG・ソロス、そしてB・ゲイツやM・ザッカーバーグ…。海外では自ら財団をつくって大規模な社会貢献活動を行うミリオネアが数多く存在します。日本でも個人で慈善活動を行う事業家、芸能人など富裕層の存在はありますが、その多くは著名な団体への寄付にとどまっていて、ウイルス撲滅などを掲げて戦略的に資金を投じる海外のフィランソロピー活動*とはかけ離れている印象です。
では、なぜ日本では富裕層のフィランソロピー活動が活発にならないのか。
この問題意識からSIIFでは、日本で初めて日本と海外の富裕層におけるフィランソロピー活動の意識と実態を調査した「新しいフィランソロピーを発展させるエコシステムに関する調査~富裕層の意志ある資産を社会に生かす~」を作成しました。
*フィランソロピー:「公共的な利益のためにボランティアや寄附・助成を自発的に行うこと」
(左から)小柴優子、藤田淑子
小柴 なぜ日本では一部の著名な財団や団体にばかりお金が集まるのか、とずっと不思議だったんです。私はNYのロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザー(Rockefeller Philanthropy Advisors)でインターンをした経験がありますが、社会貢献を希望する富裕層のために、その意思を具現化するために次のような支援を行っています。
・財団戦略の策定:ファミリー財団であれば、重要な意思決定者は財団の創設者だけでなくその親や子どもなども含まれることがあるため、一族の意志や目線を合わせながら、財団の方向性や戦略を通じて資産の使い道を考えていくことになります。一族として実践したいフィランソロピー活動が家族で一致している場合は良いのですが、必ずしもそういうケースばかりではありません。フィランソロピー・アドバイザーは一族のファシリテーション役となり、一族が<過去>に築いた精神的・物理的な遺産と<未来>に生み出していきたいフィランソロピー活動をすり合わせながら財団の戦略を、一族と共に策定していました。
・財団運営支援(助成先選定・助成先のモニタリング・理事会運営等):実際に財団が立ち上がったら、運営するスタッフが必要となります。財団の運営は非営利の世界に縁がない人にとっては未知な世界です。フィランソロピー・アドバイザーは財団の理事会の運営や財団の戦略に沿った助成先選定、資金提供、そして理事会毎に支援先のモニタリング状況や近況を分析して報告しながら、財団の運営を支援します。
・社会的インパクト評価実施のアドバイス:インターンとして働いているとき、ある米国の富裕層の方からご自分が支援されている団体の社会的インパクト評価を実施したいという相談がありました。その際、担当のフィランソロピー・アドバイザーが会話から寄付者の問題意識を探り、目的に応じた適切なアドバイスを行いました。一言で社会的インパクト評価といっても、評価の目的や予算によって方法論は大きく変わります。それぞれの目指すことに加え、人的・経済的リソースに合わせて、実現可能な提案をするのもフィランソロピー・アドバイザーの任務の一つです。
フィランソロピー・アドバイザー業務を通じて出会う富裕層の方々は、自身の関心分野に対して資金を提供したり、プロジェクトを実施しており、皆大変楽しそうに活動されていたのがとても印象的です。自分自身が大切にしたい価値に気づき、フィランソロピーという手段を通じて具現化することができた人は、その活動にある種の生きがいを感じられている方が多いように見えました。
日本では、世の中のために私財を投じようと考える富裕層がいても、それを具体的に社会活動に落としこむことが難しい。NPO活動に詳しい個人が相談に乗ることはあっても、組織化したものはなく、継続的に且スケール感をもった活動につなげていきにくい環境にあります。今回、調査を行ったきっかけは、そのために何らかのエコシステム*が必要ではないか、と考えたからです。
*エコシステム:生態系。ここではサービス提供者や制度作りなどの仕組み。
藤田 海外には、100年以上も前からファミリーオフィスという組織があります。富裕層の資産運用・管理を総合的に行うだけでなく、一族の価値観や哲学を継承した社会貢献活動へのサポートも担う、バンカー、弁護士、会計士等の専門家による専属チームです。そして、私が90年代に外資系銀行のプライベートバンキングに就職した時から、すでに、米国やスイスの本支店には、富裕層のフィランソロピー活動を専門的に支援するフィランソロピー・アドバイザーが常駐していました。
ところが日本では今に至るまで、そうしたサービスは始まらない。これは日本特有の現象で、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなどには、ファミリーオフィス機能が存在しています。グロ-バルでは、富裕層の社会貢献が当たり前のこととして浸透しており、銀行やアドバイザーに、それを実現するための高い専門性が求められたためかもしれません。
世の中を変えるのは政治だけではない。社会を変えるような事業や活動を推進するために、キーとなるのが富裕層の資金と熱意です。日本の富裕層をフィランソロピーに引き込んで、社会をより良くするムーブメントのきっかけにしたいですね。
小柴 調査を行ってみて、質の高いフィランソロピー・アドバイザーの存在が必要だなと思いました。フィランソロピー活動が「始めやすく」「本気で」「楽しくできる」社会を作っていきたい。そのためにはフィランソロピー・アドバイザーの専門性が必要ですし、サポート体制が不可欠です。富裕層が自分のファミリーレガシーに沿って活動することは自己実現の一つでもあり、ワクワクする手応えを感じるはず。また、持続性を高めるためには活動を共有する交流の場も有効ですよね。
藤田 日本の富裕層の中にも社会貢献をしたいという方は多いと思いますが、その実現を阻む要因の一つは、活動に必要な専門的情報や専門性を持った人材が得られないという現状。この分野での専門性が不足していることです。今回の調査でフィランソロピー活動をしている方にインタビューしてみると、強いパッションをもって自分の手で調査から始めている。そのような方々に、取り組む社会課題の分析や、支援先となる事業者やNPOの選定と支援方法の検討や、生み出されるインパクトの評価などについて、それぞれの判断に必要な情報や知見を提供できる専門家が必要だと感じました。
日本でも、東日本大震災や度重なる事前災害、山積される社会課題を目の当たりにし、自分たちで世の中を良くしようという意識は高まっていると思います。それに支援や仕組みが追い付いてないと感じました。
今回は富裕層のフィランソロピー活動のためのエコシステムを調査しましたが、お金とパッションがある人をどうサポートするかについては、まだ日本は歴史が浅いですよね。今回のコロナ禍でも自分たちにできることは何かを考えて始めた人は多い。何に問題を感じて、何を解決したいか。それをきちんとヒアリングして、それにあった支援先を提案する。そして目指した通りの効果は生まれているか――までを一緒に考えていくのがフィランソロピー・アドバイザーだと思います。
小柴 顕在化し始めている富裕層のフィランソロピーを実践したいというニーズが拾われていないですよね。日本でもプライベートバンキングや税理士、弁護士といた士業の方など、富裕層に接点のある分野にソーシャルな専門知識があれば、適切な人につなぎ、発展させていくことができる。
藤田 調査に「富裕層から社会貢献活動の相談を受けても答えられない」というバンカーのコメントがありました。日本でもプライベートバンキングなどに携わる人たちがフィランソロピー・アドバイザーのような知識を持つことで、より顧客の満足度を上げることができますよね。海外のプライベートバンカーは、資産運用だけではなく、社会貢献におけるサポートでも大きく貢献しています。
小柴 フィランソロピー・アドバイザーの活動をサポートすることもそうですけど、士業やプライベートバンカー、ソーシャルセクターといった、いろいろなプレーヤーの接着剤の役割を果たすのがSIIFの役目です。アメリカでもインパクト投資を用いたフィランソロピー活動が進みつつあります。日本でもSIIFの知見を生かして、助成だけに限らない柔軟な資金活用ができる新しいフィランソロピーに貢献していきたいですね。
まず日本で財団を立ち上げる場合、節税という観点から会計士や税理士が窓口となることが一般的です。そこでは財団法人というハコを作ることはできてもプログラムを運営するノウハウはありません。フィランソロピー・アドバイザーのような財団の運営をカウンセリングする機能が足りません。
この状況を打開するキーとなるのは、富裕層の方々のフィランソロピー活動をサポートするエコシステムを日本に作ることだと思います。エコシステムなので一つの団体で完結することはなく、既存の企業や団体があらゆる方面から社会変革に資するプログラムやプロジェクトの実行、そしてそれを志す個人やそのサポートを提供することが必要だと考えます。
SIIFでは現在、どうすればもっと富裕層がフィランソロピー活動に参画できるようになるかリサーチを進めており、夏にその成果を皆様に公開する予定です。また、新型コロナウイルス感染拡大のために延期になってしまいましたが、6月にアメリカからロックフェラー財団の関係者を招き、日本の富裕層を対象にしたラウンドテーブルを開催予定でした。この企画は来年に延期になってしまいますが、今後、日本のフィランソロピーがもっと多様で戦略的な取り組みができるエコシステムを少しずつ構築していきたいと考えています。
SIIF 藤田淑子、小柴優子
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