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本シリーズは、内閣府にて公益法人行政担当室・公益認定等委員会事務局ならびに
新規認定総括をご担当されている伊藤憲一氏によるブログです。
数多くの日本の財団法人と向き合ってきた立場から、伊藤氏が日々の業務の中で感じたことをお届けします。
伊藤氏寄稿連載 第4回:現状の活動から「社会変化の設計」へ 〜制度改正をどう使いこなすか〜は、こちら
前回は、ToC(Theory of Change)やロジックモデルは、「なぜこの活動が社会変化につながるのか」を説明するための道具である
とお話ししました。
実際に財団の活動を整理してみると、
・奨学金を支給する
・学業継続につながる
・卒業する
・就職する
・所得が向上する
・社会的流動性が高まる
という、一見美しいストーリーを描くことができます。
しかし、実際にさまざまな財団のToC作成やインパクト評価に関わる中で、私は次第にある違和感を抱くようになりました。
それは、「奨学金事業は、本当にインパクトで語るべきなのだろうか」という問いです。
今回は連載の締めくくりとして、この少し挑戦的なテーマについて考えてみたいと思います。
誤解を恐れずに言えば、私はToCもインパクト評価も非常に有効な考え方だと思っています。
だからこそ、その作業を進めれば進めるほど、ある矛盾が見えてきます。
例えば、ある財団が年間50万円の給付型奨学金を200名に支給しているとします。
これは素晴らしい活動です。
社会的意義も十分にあります。
しかしそのとき、「その奨学金によって社会はどれほど変わったのか」と問われると、答えることは簡単ではありません。
進学した学生が卒業したとしても、それは奨学金のおかげだったのでしょうか。
本人の努力かもしれません。
家族の支えかもしれません。
高校時代の先生との出会いかもしれません。
あるいは社会全体の景気動向かもしれません。
まして、
・教育格差が縮小した
・所得格差が改善した
・地域社会が活性化した
というレベルの変化になると、奨学金との因果関係を説明することは極めて難しくなります。
ここで私は、あることに気付きました。
奨学金事業は「社会を変える事業」というよりも、「社会によって失われそうになった機会を守る事業」なのではないかということです。
企業や個人の財団設立を希望する方や、その代理人の方とお話をしていると、しばしば、
「年間1億円の基金を作りたい」
「毎年100人に支給したい」
という言葉を耳にします。
もちろん大切なことです。
しかしそれは本来、目的ではなく手段です。
例えば企業経営者であれば、「年間何台の工作機械を購入したか」を経営目標にはしません。
重要なのは、その設備投資によって何を実現したいかです。
財団も同じです。
年間50万円を200人に配ることはアウトプットです。
しかし、
・なぜその200人なのか
・どんな課題を解決したいのか
・財団が存在しなくなったら社会は何を失うのか
という問いこそ、本来考えるべきテーマではないでしょうか。
私は多くの企業財団が、ある思い込みを持っているように感じています。
それは、「教育課題への貢献=奨学金の支給」という発想です。
しかし教育課題をもう少し構造的に見てみると、話は変わります。
例えば日本の高等教育には、
・経済格差による進学機会の格差
・大学在学中の学習機会の格差
・特定専門人材の不足
・地域間格差
・世代間の所得固定化
といった課題があります。
このとき、奨学金は有効な解決策の一つではありますが、唯一の解決策ではありません。
むしろ課題によっては、
・メンタリング
・キャリア支援
・インターンシップ
・起業支援
・コミュニティ形成
・政策提言
の方が大きな効果を生む場合さえあります。
つまり重要なのは、
「奨学金を配ること」ではなく、「何の社会課題を解決したいのか」なのです。

この問いを突き詰めていくと、さらに根本的な疑問にぶつかります。
そもそも、なぜ学生は奨学金を必要としているのか。
当然ですが、その大きな理由の一つは学費です。
国立大学の標準的な授業料は年間約54万円、入学金は約28万円です。
一方で私立大学は、文系で年間100万~150万円程度、理系では130万~200万円程度になることもあります。
さらに日本の大学の約8割は私立大学であり、多くの学生は私立大学で学んでいます。
ここで少し意地悪な問いを立ててみましょう。
もし私たちが、「高額な学費負担によって学ぶ機会が制約されている」という社会課題を解決したいのであれば、
本当に必要なのは奨学金でしょうか。
それとも、学費そのものを下げることでしょうか。
もちろん現実には、財団が学費制度そのものを変えることは容易ではありません。
だからこそ奨学金が必要です。
しかし、本来の目的は、奨学金利用者を増やすことではないはずです。
むしろ理想的には、奨学金がなくても学べる社会に近づくことではないでしょうか。
これは少し極端な言い方かもしれません。
しかし、社会課題の解決を本気で考えるなら、「奨学金利用者数の増加」を成功と考えるのか、
それとも「奨学金を必要とする人が減ること」を成功と考えるのかで、財団の見える景色は大きく変わります。
本連載は、「歴史上もっとも自由になった公益法人」というテーマで続けてきました。
制度改正によって、公益法人はかつてないほど自由になりました。
だからこそ、これから財団を設立する経営者や資産家の方々には、ぜひ一度立ち止まって考えていただきたいのです。
「いくら出すのか」よりも、「何を変えたいのか」を。
また既存の企業財団の理事や事務局、そして支援する士業の皆様にも、「どう運営するか」だけではなく、
「なぜ存在するのか」を問い続けていただきたいと思います。
公益法人制度は、長い間「正しく運営すること」を重視してきました。
そして今、制度は大きく変わりつつあります。
これから求められるのは、正しく運営することに加えて、何を実現したいのかを語れることです。
ToCもインパクト評価も、そのための優れた道具です。
しかし道具は目的ではありません。
真に重要なのは、「どのような社会を次世代に残したいのか」という問いです。
奨学金を配ることも、その答えの一つでしょう。
けれども、それだけではありません。
学費を下げる社会かもしれない。
挑戦しやすい社会かもしれない。
家庭環境によって人生が決まらない社会かもしれない。
制度改正によって、公益法人は歴史上もっとも自由になりました。
その自由は、単に事業の自由ではありません。
「どんな未来をつくるのか」を自ら選び取れる自由です。
本連載が、その問いを考えるきっかけになれば幸いです。
伊藤 憲一 (内閣府公益法人行政担当室・公益認定等委員会事務局/
新規認定総括担当)
2011年4月から2014年3月まで、また2019年7月から現在まで、内閣府公益認定等委員会事務局に在籍し、通算約10年にわたり公益法人制度に関わる業務に携わってきました。2025年3月までは、公益法人の定期提出書類の確認や変更認定、立入検査を中心に担当し、同年4月からは新規認定総括として、公益認定申請に特化した業務を担っています。
伊藤氏とPA Inc. Co-CEO藤田の対談記事 【連載】『都市伝説』の真相に迫る③ は、こちら
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