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川野 紘子さん  小児医療×アドボカシーで『一人の診察の先』へ踏み出すーー川野小児医学奨学財団の新たな挑戦



プロフィール

川野 紘子(かわの ひろこ)
(公財)川野小児医学奨学財団 事務局長

総合人材サービス企業の営業部やWEBサイト運営企業の人事部にて勤務後、英国の大学院にてInternational Human Resource Management MScを取得。その後、父が長男を亡くしたことをきっかけに1989年に設立した(公財)川野小児医学奨学財団の事務局長に就任。 日本の小児医学の発展を目指し、研究者や医師、医学生などに対する支援事業を行っている。子どもたちが直面する問題が複雑化・多様化する中で、「みんなでのりこえる」をテーマに戦略の構築、そしてインパクト測定を取り入れた活動の見直しなど幅広く事業に携わる。

川野小児医学奨学財団

川野小児医学奨学財団(以下、川野財団)は「病に苦しむ子どもたちを減らす」ことを使命とし、1989年に設立された。創設者である理事長・川野幸夫(株式会社ヤオコー代表取締役会長)は、長男を8歳の時にウイルス性脳炎で亡くしたことを原体験として、同じように病気で苦しむ子どもを少しでも減らすために活動したいという強い思いで財団を立ち上げた。小売業界で企業経営を行ってきた経験から得た視点を、医学支援の分野でも活かしながら、これまで30年以上にわたって日本の小児医学分野を中心とした多角的な支援を続けている。
(参考:川野小児医学奨学財団 年次報告書2023 )

主な支援事業
川野小児医学奨学財団は、小児医学界で様々な支援活動を行っている。支援内容は多岐にわたるが、特に以下の事業に力を入れている。

・研究助成
 小児医学研究者への助成金交付を行い、有望な研究を支援。

・奨学金給付
 小児科医を目指す医学生への奨学金を給付するほか、キャリアセミナーやコミュニケーション研修、セルフケア研修などを開催し、将来の小児科医を育成。

・小児医学川野賞
 優れた研究実績で小児医学の発展に大きく貢献した研究者を表彰し、研究のさらなる飛躍を促す。

・医学会助成・小児医療施設支援・ドクターによる出前セミナー

 小児医療施設や学会への助成、ドクターが養護教諭や就学前教育・保育施設の看護職向けに行う出前セミナーなど、幅広い活動を通して小児医学・医療・保健の充実を図っている。


新たな挑戦 小児医療界でのアドボカシー推進事業

フィランソロピーの手法の一つとして、「アドボカシー」が注目されています。

小児医療におけるアドボカシーとは、「患者さんのために声をあげること」。課題解決のボトルネックとなっている法律や政策、制度といった「仕組み」を変革するために行う活動です。個人レベルから国レベルまで様々な段階におけるアドボカシー活動があり、その方法や規模も多岐にわたります。
2025年度、川野財団もこのアドボカシー事業に力を入れはじめました。小児科医を中心とする医師が地域と連携して子どもの健康課題を解決する活動に対して資金提供を行う「医師・地域連携 子ども支援助成 -子どものこえからはじまるアドボカシー活動-」というプログラムを新設し、今まで以上に「一人の診察の先」にある問題を根本から解決する動きを支えることを目指しています。
財団の事務局長・創業ファミリーメンバーとして運営に携わる川野紘子さんに、お話を伺いました。

30年以上運営してきた財団ですが、川野財団の「強み」や「特徴」を教えていただけますか?

多様な視点を取り入れて「ひらかれた医療」へ

私たちの財団の設立動機は理事長の原体験に基づいたものなのですが、我々に関わってくださる方々の多くがそこに共感しているのが強みです。理事長は元々小売業をやってきた人間ですが、そことは関係なく「(病気で亡くなった)息子の霊に詫びたい」という素直な動機で財団を設立しました。その想いに共感してくださることで、医療界や研究者の方との信頼関係が築きやすいと感じています。
また、「小売業界のビジネス的視点」と「医学界の専門知識」が組み合わさっている点も特徴です。多種多様なバックグラウンドを持つ人材が集まり率直な意見交換をすることでお互いに新たな気づきがあり、結果的により「ひらかれた医療」を目指すうえでの推進力となっています。

新たに、「小児医療×アドボカシー活動」を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

 子どもたちの身体・心理・社会的な健康を守るために、新たなアプローチが必要だと思ったから

財団設立以来、子どもたちが心身ともに健康に育つというビジョン実現のために、研究者や医学生への支援、小児医療現場など医学や医療の専門家に対しての支援を続けてきました。ですが、それらは子どもたちの健康を守るための「一部」でしかないのではないか――そんな思いが次第に強まっていきました。

健康は身体的な面からだけでなく、心理的、社会的など多様な観点からみて充実していることが大切ですが、日本では心理、そして社会から見る子どもの健康は課題が多い状態と言えます。2020 年に実施された子どもの身体・心理・社会的別健康状況の国際比較によれば、日本の身体的 Well-being は OECD 加盟国 38 か国中 1 位でした。一方、心理的 Well-being は 37 位、社会的 Well-being は 27 位という結果でした。実際に、子どもの不登校、自殺、虐待数の増加なども非常に懸念されています。

問題解決のためには、職場・職種を問わず子どもに関わる様々な立場の方が「子どものこえ」に耳を傾け、連携して取り組んでいくことが一層必要となってきています。つまり、医療が社会に働きかけ、変化を促す「アドボカシー」というアプローチが必要だと考えました。

そんな折、小児医療のアドボカシーを推進している医師と出会い、想いを共有しました。医療者の気づきを社会につなげ、より多くの子どもたちを支える取り組みを一緒に広げていこう――そう心に決め、アドボカシー事業を新たに立ち上げることにしました。

具体的にはどのような支援を行うのでしょうか?また、小児医学界におけるアドボカシー活動とはどういったものでしょうか。

医師一人の些細な気づきや行動が、問題の根本解決へと繋がる

新たにスタートする「医師・地域連携 子ども支援助成 -子どものこえからはじまるアドボカシー活動-」事業は、小児科医を中心とする医師が地域と連携して子どもの健康課題を解決する取り組みに対して資金を提供するものです。

海外、特にアメリカでは小児科レジデント研修中にアドボカシーについて学び、実践することが必須とされています。ですが日本ではそういった土台がまだ弱く、「アドボカシー活動」と認識されないまま医師が個人的に動いていることも多いのが現状です。そんな医師たちが孤軍奮闘にならないよう、財団が間に入って人材や情報を繋ぎ、新たな事例づくりの後押しをしていきたいですね。

どんなことがアドボカシー活動に当たるのか、日本で実際にあった例を紹介します。とある小児科の先生のところに受診に来る女子中学生が何人も「生理が止まった」ということがあったそうです。よくよく話を聞いてみると、みんな同じエリアの中学校で運動部に所属しており、先生から非常に厳しい体重制限を課せられていたので栄養が足りず生理が止まっていたようです。原因がわかったので「きちんと栄養についての講義をします」ということで、その小児科の先生と地域の栄養士さんが力を合わせて色んな学校を回って知識を広めました。この出来事はまさに小児科医が行うアドボカシー活動だと思います。

要は、アドボカシー活動の目的は「問題を根本的に解決しましょう」ということなので、目の前の1人への診察だけで終わらずその奥にある問題にアプローチすることが大事です。

日本の小児医療におけるアドボカシー活動の問題は何でしょうか?

 「アドボカシー活動」の事例がほとんどなく、言葉の認知もされていないこと

まず、日本の小児医療界において「アドボカシー」がほとんど認知されていないことが一番の大きな問題です。実際の小児医療の現場では、アドボカシー活動に当たる事例がたくさんあるにも関わらず、「アドボカシー活動とは何か?」がほとんど浸透していないが故に、インパクトに繋がっていません。ですので今後、小児科医の先生方が中心となって行う「アドボカシー教育」にも力をいれていく予定です。ご協力いただける小児科医の先生たちと川野財団とで役割分担をしながら、小児医療界のアドボカシー活動を盛り上げることを目指しています。

また、多くの小児科の先生とお話をする中で、皆さんが抱く共通の困りごとが見えてきました。そこで、川野財団としては大きく分けて2つのことにフォーカスした支援をしようと考えています。一つ目は医師の「医学界以外との人脈づくり」です。問題を根本解決するためには、行政・教育機関・福祉・ビジネスなど幅広い分野とのネットワークが必要ですが、医師自身がそうした分野と接点を持つ機会はあまり多くありません。二つ目が「体系化された資金提供」です。アドボカシー活動の効果を広く波及させるためには、当然それなりの活動資金が必要になるはずなので、内容に見合った資金提供という形でサポートするつもりです。また、先生方も財団から資金提供を受けることで、「(自分たちの活動が)公認されたものである」という納得感を持って取り組むことができるのではないかと思っています。

川野財団は「アドボカシーに取り組んでみたい」という先生方の熱意の火を守る盾として、しっかりと活動をサポートします。そして事例を積み重ねることで、日本における医師のアドボカシー活動を広げていきたいです。

今後の川野小児医学奨学財団の「課題」や「方向性」について教えてください。

― 戦略的な視点で事業事例を積み重ねる中で、目指すべきゴールを見定めたい

今までは積み上げ式に多角的な活動を行ってきましたが、今後はより戦略性を持って、「どこに注力すべきか」、「どこを他の機関に任せるべきか」を明確にし、俯瞰的な視点での展開をしていきたいと考えています。例えば、「政府が力を入れている領域に我々も同じように投資する必要があるのか、むしろそこで生まれるギャップを埋める支援に回ったほうが大きな効果があるのではないか」といった視点です。

そして、財団設立の原体験からくる「病に苦しむ子どもたちを減らしたい」という思いをベースにしながらも、どのような形が「私たちの成功」なのかを見定める必要があります。そこを明確にするためにも様々な事業事例の検証を重ね、目指すべきゴールや指標を都度定義していきたいと思います。

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