KNOWLEDGE
谷家衛さん
株式会社SDGインパクトジャパン 取締役会長
UWC ISAK JAPAN発起人代表
ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京委員会Vice Chair Person
変革の担い手を見出し、資金はもちろん、知恵と経験、人脈でその輝きを支えるフィランソロピストがいる。株式会社SDGインパクトジャパン 取締役会長の谷家衛さんだ。
谷家さんは、1980~90年代にかけて、米国の投資銀行「ソロモン・ブラザーズ」で活躍していた。アジア最年少のマネージングディレクターに抜擢された谷家さんは当時、金融工学を駆使した取引手法を使い、債券トレーディングに邁進していたという。
1999年には、チューダー・キャピタル・ジャパンの設立に参画、2002年には同社のMBOによりあすかアセットマネジメントを創業した。20年以上にわたり、100を超えるベンチャー企業への投資を続けるエンジェル投資家でもあると同時にライフネット生命やお金のデザインなどいくつかの会社創設に関わった。
投資の世界に生きる谷家さんには、もう一つの顔がある。数々の非営利組織やソーシャルベンチャーへの投資を行う、フィランソロピストという側面だ。
なぜ、谷家さんはフィランソロピーに取り組むのだろうか。
理由の一つには、行き過ぎた資本主義への懸念があるという。
「投資を本業とする自分が言うのも不思議かもしれませんが、今の資本主義はどう見ても行き過ぎだと思うことがあります。お金が動くスピードが速すぎること、投資に向かうお金の量が多すぎることがその原因ではないでしょうか。「『資本主義は社会を良くする方向に働くものだ』と思って生きてきました。投資は資本の適正配分を助けるから、世界の役にも立っていると思っていたんですよね。でも投資マネーが実体経済よりも肥大し、お金が動くスピードと量が増え過ぎてしまったことで、むしろ社会が不安定になってしまった。」
「確かに効率よく経済を成長させることは大切です。そこに資本が集中するのも当然でしょう。ただ、それが行き過ぎてレバレッジが効きやすいファクターを持つ人や企業が極端に恵まれるようになってしまって、そうでない人は取り残されている現実があります。15年くらい前から、全体性や調和を重視する東洋的、女性的な価値観がより大切になってくるはずだと考えるようになりました。社会全体を良くするためには、ホリスティック(全体性・調和性)を重視することがより重要になると感じたからです。
また谷家さんは、いつからか「ワンネス(oneness)」という言葉にも惹かれるようになったという。
「“自分”という存在は、世界や地球といった、大きな自然の中の一部であり、まさに宇宙船地球号の一員なんだと思います。どんな人も色んな個性があると思いますが、その中でもワンネスに合った自分の個性を表現することが自分にとっても社会にとっても一番良いと思っています。だからこそ、その人自身のワンネスに合った個性を思い切り表現しながら、社会をより良くしようとチャレンジするNPOや社会起業家を応援したいと思っています。
谷家さんは、「NPOや社会起業家の存在は、社会全体をより良くする上で、欠かせないファクター」だと話す。そこには資本主義がもたらす外部不経済を解決しようと取組む人や、弊害として生まれた格差や分断を指摘し声を上げる人、そして新しい社会モデルを実験的につくり、提示しようともがく人が存在するからだ。
「僕は社会は少しずつ螺旋状に良くなっていると信じています。」と谷家さんは言う。
「今の若い人たちは、地球環境や気候変動の問題に敏感ですし、マインドフルに生きることも自然と求めていますよね。揺り戻しは常にありますが、それでも社会は少しずつ良くなっていると信じています。
そして、螺旋階段をのぼる上では、中長期的な視点で社会の外部不経済を解決するNPOや社会起業家を応援することはとても大切です。このまま分断の問題がより大きくなっていくと資本主義はもたないので、彼らの応援をすることは巡り巡って市場全体にもプラスの影響を与えると思います。」
では谷家さんは、フィランソロピストとして実際にどのような活動に関わってきたのだろうか。
最初のできごとは、「ユナイテッド・ワールド・カレッジ・インターナショナル・スクール・オブ・アジア軽井沢」(UWC ISAK、以下ISAKと略記)の設立だった。
ISAKは長野県軽井沢町に私立全寮制のインターナショナルスクールとして2014年に開校した。国籍もバックグラウンドも多様な高校生が集い、寮での共同生活を送る。
「ISAKをつくりたいと思った理由は、スタートアップの投資を行う中で、ハングリーで才能ある起業家にとても感銘を受けたからです。そう考えるとハングリーで才能のある発展途上国の子ども達は世界の宝じゃないかと思うようになりました。そうした子ども達が教育の機会を得て
自由に才能を開花できる環境を作れないかとずっと思っていました。
そこで一緒に勉強する先進国の子ども達も素晴らしい刺激を受けるに違いない。自分の子どももインターナショナルスクールに通っていましたが、そういう子ども達と一緒に学ばせたいと思いそのような学校を探したものの、世界でも海外の子ども達に奨学金を出して来てもらう中学、高校はほとんどないことが分りました。
そうした色んな環境の世界中の子どもたちに日本に来てもらって、たとえ政治的に関係が悪い国の子どもたちも、一緒に暮らして勉強もしたら、お互いの人間性も良く分かって戦争とかもなくなるかもしれないし、その子どもたちが将来日本と彼らの出身国との架け橋にもなってくれるかもしれない。それは世界にとっても日本にとってもすごく大きな意味があるんじゃないかと思ったんです。でもそのような多様性あふれる環境の学校は日本にはない。それじゃあつくってみよう、と思って始めたのがISAK設立に向けたプロジェクトでした。」
ISAKの設立には、ひとりのアントレプレナーとの出会いがあった。ISAKの代表理事の小林りんさんだ。小林さんは谷家さんと共に構想段階からISAKの設立に向けて奔走し、2014年の開校後は代表理事として運営の中核を担っている。
「スタートアップ同様、誰がやるかに尽きると思い、誰か人生をかけてこの学校を創ってくれるアントレプレナーがいないかと思って、ライフネット生命創業者の岩瀬君に相談したら、彼の紹介で小林りんさんという素晴らしいアントレプレナーに運命的に出会うことができました。りんちゃんじゃなかったら絶対に途中で諦めていたと思いますし、彼女からは本当にたくさんのことを学びましたし、今も学び続けています。」
同じ頃出会ったのが、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下、HRW)の土井香苗さんだ。HRWとは、ニューヨークに本部を置く国際人権NGOで、弁護士でもある土井さんは、当時、HRW東京事務所を立ち上げるべく奔走していた。
「これもまた岩瀬君の紹介で、土井さんに会った時、ものすごい情熱とエネルギーを感じて、是非応援したいと思いました。自分では力不足だと思ったので、親友で当時マネックスグループ社長だった松本大社長のところに一緒に行ってこの活動の後ろ盾になってほしいと頼みに行きました。
HRWとの関わりをきっかけに、LGBTに関する問題についても知ることが出来ました。LGBTに関する世界的なリーダーである、ボリス・ディトリッヒ(Boris Dittrich)との出会いは特に大きかったですね。
彼はオランダで初めてゲイであることを公表して選ばれた国会議員であり、その後、連立野党の党首にもなりました。彼の活動の結果、オランダは2001年に世界で初めて、同性婚を認める国になりました。彼の生き方から多くのことを学びました。自分にとって、最も尊敬する友人の一人です。」
谷家さんはボリスさんとの出会いから、「次世代のリーダーには、自分を思い切り表現できる強く優しい人こそ必要」という気付きを得たという。
「LGBTの人たちは、マイノリティとして大変辛い思いを経験してきておられて、人の痛みを良く知っているからこそ人に優しいのだと感じます。カミングアウトした後は、ある意味マジョリテイ(社会の基準)に合わせることをやめたからこそ自分を思いっきり表現しながら生きる、強く優しいリーダーになる人がたくさんいらっしゃると思います。こうした出会いから、人の痛みが分かり、自分を表現できる人こそ、次世代の社会のリーダーとして必要なんじゃないかと感じたのです。そして、そういう人を増やし、応援し続けることを是非やっていきたいと思うようになりました。」
多くのNPOや社会起業家と出会う中で、谷家さんは「多くの幸せを感じてきた」と話す。そして「幸せとは何か」について、深く考えたという。
「ISAKをつくるときに、とにかく子どもたちに幸せになってほしいと考えました。そして、どうしたら幸せになれるか、真剣に考えました。その時、人が幸せになるには、3つポイントがあると思ったんです。」
「一つ目は、つながりを持つことです。どんなに経済的に成功していても、つながりがない人は幸せではないと思います。ダライラマのように宇宙と繋がっている人はとても幸せでしょうし、他の人や社会や自然や、自分よりも大きな存在とつながりを持つことが、まず何より大切です。」
「二つ目は、成長することです。成長するスピードや角度はそれぞれで良くて、それでも過去の自分よりも今の自分のほうが少しずつでも成長していると感じられることが、人を幸せにすると思います。」
「三つ目は、ワンネスに合った自分の個性を思い切り表現することです。生きがいや誇りを持ち、社会の基準に関係なく自分を表現することで自分を思い切り表現できる人生は幸せだと思います。」
そして谷家さん自身も、ISAKをはじめ、フィランソロピストとして多くの活動を支える中から、深い幸せを感じてきたという。
「ISAKは今まで自分が手掛けてきたプロジェクトの中で、最良のものだったと思っています。本業である投資や事業の案件も含めて、です。ISAKの設立にチャレンジした人生と、しなかった人生ではまるで違っていただろうと思いますね。」
なぜ、そのように感じられるのだろうか。
「自分にとって、幸せの3つのポイントを満たしてくれたのがISAKだったのでしょうね。
ISAKを設立するタイミングで、ちょうどリーマンショックが起こりました。設立資金は僕自身潤沢にあるつもりだったのに、全くお金がなくなってしまいました。でも結果として、100人で創る学校というコンセプトになり、たくさんの方による『みんなのプロジェクト』に変化していきました。それが本当に素晴らしかったです。圧倒的な人のつながりがそこで生まれたんですよね。りんちゃんというリーダーをサポートしてみんなで創っていっているという一体感は何物にも変え難い喜びになりました。」
2つめのポイントはどうか。
「成長を感じることから幸せを感じると思います。ISAKは子どもたちの成長、学校の成長など成長を感じられる機会に溢れています。更に、りんちゃんや他のファウンダーの方々、校長のRod(ロデリック・ジェミソン氏)や運営の方々、そして何より子どもたちからたくさん学ぶことができて、自分にとってもすごく成長を感じられました。
最後のポイントはどうか。
「ISAKでは、“One Life. Realize Your Potential.”を一つのモットーとしています。One life は一度しかない人生と、Onenessの意味を兼ねています。ISAK自体が、自分の個性を思いっきり表現することを肯定する場なんですよね。僕だけでなく、他のファウンダーの方や子どもたち、教員たち もこの学校を創っていくに当たって、一緒に創っている一員として、自分を表現できていると思います。
だからISAKは僕にとって、この3つの幸せが全部叶った、今までで一番幸福なプロジェクトだったのだと思います。」
ただ「最初からそれを予感して取り組んできたわけではない」と谷家さんは話す。
「投資を本業としているわけですから、自分が投資した会社や始めた事業が上場したり、成功することが最大の喜びだと思っていました。でもISAKをつくってみたら、それを超える喜びがあったのです。ISAKの卒業式に行くと、子どもたちの輝く笑顔に出会えます。そこには子どもたちの成長や将来の希望が詰まっています。もう本当に嬉しいですし、毎回感動して泣きそうになります。
この学校をみんなで一緒に創れて、すごく幸せだなあと感じますし、ISAKが自分の人生を本当に豊かにしてくれたと実感しています。」
フィランソロピーに関わることで、人生の喜びが増える。そのことを確信した谷家さんにとって、いまの日本はどう見えるだろうか。
谷家さんは、「日本社会に足りないのは、きっかけとリスペクト、行動を支える制度」だという。
「米国にはフィランソロピストを讃える文化があります。でも日本はそれがあまりないように思います。税制を含めてフィランソロピストの活動を支える仕組みもまだまだ足りないと思います。
起業家でもクリエイターでもスポーツ選手でも、“格好いいなあ”と思われる人には、みんななりたいと思うじゃないですか。だからこそ、フィランソロピストをリスペクトしてみんなで讃える文化をつくることは大切だと思います。」
「フィランソロピストがお金を出すだけでなくて、一緒に何かをつくり出す経験をすることが大切ですね。現場で活動するNPOや社会起業家の人たちに、何をやっているのか教えて貰って、共感できる取り組みを手伝ってみることが大切だと思います。
僕の場合も、みんなで一緒に学校を創ってきた事で、自分の得たものの方がはるかに大きかったと実感しています。
自分も一員として一緒にやることによって、きっと、よりたくさんの幸せが得られると思います。」
企画・監修:SIIF 藤田淑子、小柴優子 / インタビュー・執筆 ㈱風とつばさ 水谷衣里
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