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川野紘子さん「社会の変化に合わせた財団運営で社会的インパクトを追求する、老舗奨学財団の取り組み。川野小児医学奨学財団」

1989年に設立され30年以上の歴史を誇る財団でありながら、めまぐるしく変わる社会の変化に対応し、今も進化をつづける川野小児医学奨学財団
川野小児医学奨学財団は、単に研究助成や奨学金給付を行うだけでなく、新しいフィランソロピーの特徴である明確な戦略の構築、そして将来的に自団体の活動のインパクト測定を視野に入れた新たなアクションを起こしています。その裏では、SIIFのフィランソロピー・アドバイザーが半年強をかけて、同財団の取り組みをサポートしてきました。
本インタビューでは、事務局長の川野 紘子様に、財団のこれまでの取り組みや、アドバイザリーを受けて取り組んでいる新たなプロジェクト、今後の財団の挑戦についてお聞きしました。

イベント記録

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公益財団法人川野小児医学奨学財団(以下、川野財団)
事務局長 川野 紘子様

財団について・事務局長就任の経緯

SIIF:まずは、川野財団について教えてもらえますか?

川野氏:はい、川野財団は、私の父である川野幸夫(現株式会社ヤオコー代表取締役会長および川野財団理事長)が長男を8才の時にウイルス性脳炎で亡くしたことをきっかけに設立されました。それまで父は、経営するヤオコーの仕事にかかりきりだったそうで、息子が亡くなった時、母から「あの子は父親を求めていた」と聞いて激しく後悔したそうです。それから、息子のように病に苦しむ子どものために何かできないかと、この財団を設立しました。今では、研究助成、奨学金給付、小児医学川野賞、医学会助成、小児医療施設支援、ドクターによる出前セミナーを行い、小児医学・医療に携わる医師や医学生、施設への支援を実施しています。

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SIIF:そんな中で、川野様はどのような経緯で事務局長を務めることになったのでしょうか?

川野氏:私はもともとヤオコーや財団の仕事はしていなくて、大学卒業後からいくつかの企業で人事の仕事を経験しました。採用や制度設計に携わっていたので、その専門性をもっと高めたいと思って、イギリスの大学院へインターナショナルヒューマンリソースマネジメントの勉強のために留学しました。留学から帰ってきた2015年、父から財団の事務局長へ就任しないかという話があって、今の職についています。

SIIF:ビジネスの世界から財団のお仕事へと大きく環境が変わりますが、お父様からの打診を受けた理由は何だったのでしょうか?

川野氏:留学から帰ってきて今後のキャリアに悩んでいたことに加えて、財団の活動に変革を起こして軌道に乗せるには、創設の理念や哲学を理解しているファミリーがやるのがいいんだろうな、という思いもありました。
最終的には、仕事人として尊敬する父からの打診だったことが大きかったですね。実際に仕事をしてみると、組織としての体制はあまり整っていなくて...逆にいえば、良くなるのも悪くなるのも自分次第。力が試される環境だなと感じました。

フィランソロピー・アドバイザリーを受けるまでの課題意識

SIIF:2015年の事務局長就任から、財団を実際に運営してみて感じた課題はありましたか?

川野氏:そうですね、財団設立当初から事業を安定的に続けることはできていたものの、業務フローの改善や事業の見直しはほとんどできていない状況でした。あとは、有意義なお金の使い道についても悩んでいました。
川野財団は、主にヤオコー株式の配当金によって財源を確保しているので、ありがたいことに、ヤオコーの業績が好調であるほど配当収入が入ってきます。公益財団としては収支相償が求められますし、配当金収入をできる限り年度内に有効活用したいんです。理事長である父は「お金は稼ぎ方より、使い方が大切。使い方にこそ、その人の生き方が表れる」とよく言っています。財団の理念に合致していて、かつ社会的意義のある活動をいかに実現できるかが運営の悩みでしたし、今でも考え続けていることです。

SIIF:川野様のように創設者のご家族が財団の運営を行うことで、ファミリーの理念や哲学を体現したフィランソロピー活動が生まれますね。

フィランソロピー・アドバイザリーの内容、プロジェクト

SIIF:2021年にプライベートバンカーからのご紹介でお会いし、フィランソロピー・アドバイザリーを提供させていただきました。支援実績の整理、ミッションを実現するためのフィランソロピー戦略作り、注力分野に関する調査と財団のアプローチの決定、新プログラム企画でご一緒させていただきました。

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SIIF:アドバイザリーの最初のステップとして、川野財団の32年間の助成実績を整理、分析し、川野財団のこれまでの支援実績を振り返ったうえで、財団のミッションを「子どもが心身ともに健やかに育つこと」と明文化されました。
「子どもたちの健やかな成長を叶えたい」という川野財団の設立当初からの使命に、敢えて「心の健康」も加えたのは、川野財団の長年の実績や経験に、事務局長である川野様の問題意識や、今日のウェルビーイングに関する関心の高まりなどの時代のニーズをとらまえた重要なアップデートだと思っています。
ミッション実現のために財団として「誰に」「何をするか」は時間をかけて議論したところでしたね。

川野氏:この議論を通して、自分たちが何のために存在するのか、何を目指すのか、を改めて見つめ直すことができました。
この激変する時代の中で、子どもを取り巻く問題は本当に複雑で、多様になってきています。そのような状況で、私たちは今後何をすべきなのか。これまでの活動とは別に、子どもを直接支援することも有効ではないか、そして、子どもに関する社会課題の中で取り組むテーマを絞ったうえで財団の活動を考えるべきではないかという話も出てきました。その度に、すでに多くの活動家がいる中で、社会全体という広い視点で考えたときにそれは私たちが果たす役割なのか?と問うたのを今でも覚えています。
最終的に、どんなに時代は変われど、やはり財団の役割は設立の当初とおり、子どもの心身の健康を支える「医師や医学生などの重要なキーパーソンの一番のサポーターとして、彼らを支援し、モチベートすることだ」と確信をもつことができました。

SIIF:ディスカッションの中で川野財団の担う役割を改めて認識され、新プログラムとしてより具体的な施策の検討を始められましたが、企画の過程で、川野様のファミリーが代々大切にされる価値観が、財団活動の根幹にあることを強く感じました。
新プログラム立案にあたって、どのような課題意識があったのでしょうか。

川野氏:当財団の事業の一つに奨学金事業があります。小児医学の永続的な発展のためには人材の育成・輩出が重要であるという考えから、1990年に開始した事業です。
現在は埼玉県内または千葉県内の高校を卒業し、小児科医や小児医学研究者を目指す医学生を対象として、月額6万円を給付しています。これまで奨学金事業の活動を通じて多くの医学生とかかわる中で、まさに彼らはこれからの医学界、そして社会を担い、変えていく原石であると確信しました。と同時に、医学という専門的な領域を6年間で集中的に学ぶ彼らは、医学以外の知識や知見を得る機会がかなり少ないということに、危機感のようなものを感じていました。

子どもの心身の健康にとって、小児科医や小児医学研究者の役割は非常に重要ですし、子どもやその家族に大きな影響を与えます。ですから、単に医療技術に優れているだけでなく、人として子どもやその家族に寄り添える、尊敬される医師になってほしい。そう思って、大学では学ぶことが少ないけれど、人との関係性を構築したり視野を広げたりする上で重要なことを提供するプログラムの開発に取り組むことにしました。

(川野小児医学奨学財団の新プログラムに関するリリースはこちら)

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SIIF:プログラムは、どんな内容なのでしょうか?

川野氏:4つのプログラムを考えました。現役医師によるキャリアセミナー、医療現場で使えるコミュニケーション研修、セルフケアの研修、視野を広げる講演です。

SIIF:すでにキャリアセミナーを実施されたとお聞ききしましたが、どうでしたか?

川野氏:はい、先日、医師歴12年目の奨学生OGを招いてキャリアセミナーを実施しました。医学生の間では「何科を志望するか」という話がよく話題にあがりますが、OGからは「10年後どのような医師になっていたいか考えよう」という本質的な話もあり、参加した学生は真剣に耳を傾けていました。9月にはコミュニケーション研修を実施する予定です。医療現場では医師と患者さんとの間のコミュニケーション不足が裁判や訴訟に発展することがあります。その分野で知見がある方を講師としてお招きして、事例を交えて講義やトレーニングをしてもらう予定です。

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SIIF:コミュニケーションに着目したのは、医学以外の世界を知っている川野財団だからこそですね。

川野氏医学・医療分野とそれ以外の分野を掛け合わせることは意識していますね。医学・医療とデザインだったり、医学・医療と文学だったり。専門性が高ければ高いほど、周りのものが無駄に見えることもあると思うんです、でも意外とそれが重要だったりして。
川野財団は医学のプロではありませんが、理事長はヤオコーを経営し、商いをしてきた人間です。人への向き合い方や信頼関係の築き方ではプロと言えます。
医学生にとって一番大事なことは医学の勉強ですが、それ以外の世界を知っている人間が刺激を与えることもできると思っています。外の世界ってこんなやり方もあるんだよ、こういう風に世の中は回ってるんだよ、というのを見せてあげられるのも、財団のユニークさにつながっているかなと思います。

SIIF:アドバイザリーでは、今後貴財団がどのような課題をどのように解決していくかを考えるにあたって、今、社会で何が求められているのか、貴財団の強みと実現したいことは何か、支援の優先順位をどうつけるか等ディスカッションを重ねました。後半は、前述の研修プログラムの企画のため、国内外に存在する医師への研修プログラムを調査したり、川野財団の実現したい社会を作る医師の人物像の定義付けや必要な要素の検討、そして現役医学生がそのような医師になるために何が必要かの仮説を立てました。その仮説を、川野財団の現役奨学生及びOB/OGへのヒアリングで投げかけたところ、面白いくらいに的中していたのが印象的です。

これらの議論やヒアリングを通して考えた内容や得た情報をもとに、ロジックモデルという、川野財団が目指す長期的なゴール(長期アウトカム)を達成するためにどのような行動を起こして、どのような道筋で社会的インパクトを与えられるかの地図を策定しました。財団に戻って組織を運営してみて、計画とのズレや乖離はありますか?

川野氏:今のところは、策定したロジックモデルに沿って財団の運営ができています。新プログラムは、医学部の学長や教授を務める当財団理事からも有意義な試みだねと言ってもらえており好評です。

SIIF:財団が自らのインパクト評価をするということは日本では非常に珍しいことです。今後プロジェクトを運営してみて、インパクト評価を行えれば、国内でのベストプラクティス的な取り組みになると思います。策定した指標が正しいか、達成できているか、今後の評価が楽しみです。

川野氏:そうですね、戦略に沿ってその都度チェックしながら運営していくというのは大切です。同時に自分たちが立てた仮説やロジック、指標が本当に正しいものか批判的な目で見る必要もあると思っています。何かを判断するときに自分たちに都合のいい情報だけ集めて、進めたい方向に持っていってしまうのは危険ですよね。情報の取り方や数値の正しさは常に注意する必要があると思っています。あとは、運営をする中でいただいた意見には、たとえ少数の意見でも一度立ちどまって考えることを意識しています。必要であれば、改善して、行動に移す、そして「意見をもらったのでこう改善しました」と表明することも大切だと思っています。こちらがどれだけ重要な意見だと思っても、相手に伝わらなければ存在しないこととあまり変わらないと思いますし、声をあげても何も変わらないと誰も声をあげてくれなくなりますよね。

SIIF:財団の活動を毎年よくしていきたい、という川野様の思いを感じます。社会が刻一刻と変化する中で、毎年同じ活動を続けるだけなら私がやる意味はないのかなと感じます。

川野氏:それは、組織全体にも言えることで、必要な変化を厭わない組織づくりを心掛けています。特に、フィランソロピーは行為自体がいいことなので、意識していないとPDCAのPDで満足してしまい、改善や変化に重要となるCAが抜けがちかなと。チェックとアクションをしっかりしないまま続ける活動は、独りよがりになりがちだと思います。私たち財団は、自分たちが主役ではないんです。
子どもたちの心身の健康というミッションに対して一生懸命に取り組む人たちが、十分に活躍するためのサポートだったり、お手伝いをしています。彼らが活躍すればミッションの達成につながる。財団はそれをサポートする役割を果たしていく必要があるし、本当に果たせているのかを常に見ていかないといけないと考えています。

フィランソロピー・アドバイザリーの感想、今後の挑戦

SIIF:それでは最後にSIIFのフィランソロピー・アドバイザリーを受けていただいた率直な感想をお聞かせください。

川野氏組織の戦略や方向性について、立ちどまり俯瞰してみられたのは貴重な経験でした。皆様優秀で、これまでの経験や知見も豊富だったので、第三者の目で客観的にみてもらい議論を深めることもできました。アドバイザリーを通じて「最終受益者は誰なのか?」という点を見なおし、川野財団の役割は「子どもに向き合う人をサポートし、モチベートすること」と定義できました。ミッションや戦略を明文化するのは時間もパワーもいるので、第三者がいたからこそできたと思います。

SIIF:SIIFでは医療分野に関してできることは限られていますが、戦略を組み立てて課題を認識し、アクションを起こすというプロセスはどんな分野でも共通することだなと感じました。
今後、財団の活動として挑戦していきたいことはありますか?

川野氏:小児医学・医療に携わる様々な立場の方を支援していますが、そういった異なる立場の方たちをつなぐことができればいいなと思っています。子どもに関する同じ問題に取り組んでいるのに、職種や所属が違うからという理由で接点がないことも多々あります。でも、力を合わせて、一つの問題に多様な視点でアプローチできれば、問題解決に近づくと感じます。この財団はそのハブになることができると思います。また、医療従事者や養護教諭など事業で関わる方々から見えてくる子どもを取り巻く問題を世の中に発信していきたいですね。そういった皆様はまさには日々子どもに接していて、問題を肌で感じています。その声を財団を通じて発信できたらいいなと。

子どもが抱える問題って、子どもだけ、親だけ、小児医学や医療に関わる人たちだけの問題ではないんですよね。社会全体の問題なんです。だからこそ、社会を構成する一人ひとりに現状を伝え、問題提起することで、みんなが子どものことを考える世の中作りに貢献できればいいなと思っています。

SIIF藤田淑子、小柴優子

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